人材版伊藤レポートとは?3つの視点と5つの共通要素から人的資本経営を実現しよう
更新日: 2024.11.15
公開日: 2024.4.3
OHSUGI
「伊藤レポートとは?」
「人的資本経営における人材版伊藤レポートの影響は?」
このようにお困りではありませんか。
伊藤レポートとは、2014年に経済産業省が公表した報告書です。
本記事では、人的資本経営における人材の考え方や伊藤レポートの概要、公表の背景について解説します。
また人的資本経営に影響をおよぼす人材版伊藤レポートや人材版伊藤レポート2.0、伊藤レポート3.0の要約が気になる方もぜひご覧ください。
目次
2023年から人的資本の情報開示が義務化されたことにより、人的資本経営に注目が高まっており今後はより一層、
人的資本への投資が必要になるでしょう。
こういった背景の一方で、人事担当者の皆さんの中には「人的資本投資にはどんな効果があるのかわからない」「実際に人的資本経営を取り入れるために何をしたらいいの?」とお悩みの方も多くいらっしゃるでしょう。
そのような方に向けて、当サイトでは人的資本経営に関する実際調査の調査レポートを無料配布しています。
資料では、実際に人事担当者にインタビューした現状の人的資本経営のための取り組みから、現在抱えている課題までわかりやすくレポートしています。
「人的資本経営に関して、大企業や他社ではどのような取り組みをしているのか、課題や現状の実態が知りたい」という方は、ぜひこちらから資料をダウンロードしてご活用ください。
1. 人的資本経営とは
人的資本経営では、人材を資本の一つとみなします。長期的な企業価値向上を目標として、人材価値を最大限活かす戦略を策定・実施することが特徴です。
1-1. 人的資本経営注目されている理由
人的資本経営が注目されている背景には、主に以下の2つの理由があります。
まず、人材の重要性の認識の高まりがあります。現代社会では労働人口の減少や市場競争の激化が進行しており、企業の競争力向上と成長には優れた人材の確保と育成が不可欠です。従業員はもはや「資源=コストの対象」ではなく、「資本=未来への投資の対象」として位置づけられています。この新たな視点により、従業員が事業の成功に直接的な影響を持つ存在と見なされるようになりました。
次に、ESG投資が拡大している点が重要です。国内外の投資家は持続的な企業価値向上のために環境、社会、ガバナンス(ESG)要因を重視する流れが高まっています。特に「社会」の要素が再認識され、その中には従業員の権利や安全、人権の尊重などが含まれています。このため、ESG経営に焦点を当てる企業が増加しており、人的資本経営もその一環として注目されています。
これらの背景から、企業経営者や人事担当者は、人的資本経営と伊藤レポートの具体的な情報と事例を理解し、実践する必要性がますます高まっています。
2. 2014年経済産業省公表の「伊藤レポート」とは
伊藤レポートとは、2014年に経済産業省が公表したプロジェクト「持続的成長への競争力とインセンティブ〜企業と投資家の望ましい関係構築〜」の報告書です。
一橋大学大学院商学研究科教授(2014年当時)・会計学者の伊藤邦雄氏がプロジェクトの座長を勤めたことが、名称の由来です。
レポートでは、持続的な低収益性が長期投資家不足をまねき、長期投資家不足が中長期的な成長を阻むという悪循環を指摘しています。
関連記事:なぜ人的資本経営が注目されているのか?注目されている背景をわかりやすく解説!
2-1. 伊藤レポートが公表された背景
伊藤レポートが公表された背景には、欧米企業と比較して日本企業が革新的な価値創出に秀でながら、恒久的な収益性が低いことがわかりました。
具体的には、日本企業は欧米諸国と比較して過去約20年にわたり「ROE(自己資本利益率)」と「ROS(売上高営業利益率)」にほぼ倍の差があります。
2-2. 伊藤レポートが公表された目的
日本企業の恒久的な低収益性を向上させるために、長期投資家の獲得が急務であると示しています。長期投資家の獲得のためには、恒久的な収益性アップが必要です。恒久的な収益性が向上すれば、結果長期的な企業価値向上につながります。これが伊藤レポートの目的です。
日本企業の恒久的な低収益性が、投資家からの中長期的な資金獲得を難しくしている現状を広く知らせるねらいもあったでしょう。
伊藤レポートには、日本企業の恒久的な低収益性の改善や、人的資本経営の策定・実施に役立つ具体的な指標が示されました。
参照:「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト(伊藤レポート) 最終報告書|経済産業省
2-3. 伊藤レポートに記載された基本メッセージ
なお、伊藤レポートの基本メッセージは以下のとおりです。
- 持続的成長の障害となる慣習やレガシーとの決別を
- イノベーション創出と高収益性を同時実現するモデル国家を
- 企業と投資家の「協創」による持続的価値創造を
- 資本コストを上回るROEを、そして資本効率革命を
- 企業と投資家による「高質の対話」を追求する「対話先進国」へ
- 全体最適に立ったインベストメント・チェーン変革を
上記の取り組みにより前述の悪循環を改善し、恒久的な企業成長が期待できると示しています。日本企業の恒久的に低い収益性の改善につながる指標や、アドバイスがまとめられました。
参照:「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト(伊藤レポート) 最終報告書|経済産業省
2-4. 伊藤レポートはROE8%以上を推奨
伊藤レポートが推奨するROE(自己資本利益率)の理想値は8%以上です。ROEとは収益性の指標の一つで、元手の株主資本に対して、企業の利益がどれほど効率的に利用されたのかを示します。
人的資本経営の実施における最低限の目標として、前述の理想値を目指すことが掲げられました。目標達成により企業としての収益力のみならず、以下のような付加価値の向上が期待できると提言しています。
- 海外投資者の増加
- 給与・人材投資の増加
- 研究開発・設備投資の原資確保
- 株式市場における年金運用の改善
- 企業資金調達の多様化
伊藤レポートにてROEの理想値を示すことにより、日本企業全体の持続的な収益性アップや企業成長を促すねらいがあります。
参照:「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト(伊藤レポート) 最終報告書|経済産業省
2-5. 全部で5つのレポートが発表されている
伊藤レポートは経済産業省のプロジェクト単位で報告書として発表されており、これまでの合計で5つのレポートが公開されています。
発表された日付 | レポート名 | 経済産業省のプロジェクト名 |
2014年8月 |
伊藤レポート |
「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト |
2017年10月 |
伊藤レポート2.0 |
持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資) 研究会 |
2020年9月 |
人材版伊藤レポート |
持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 |
2022年5月 |
人材版伊藤レポート2.0 |
人的資本経営の実現に向けた検討会 |
2022年8月 |
伊藤レポート3.0 |
サステナブルな企業価値創造のための長期経営・ 長期投資に資する対話研究会(SX 研究会) |
この中でも人材版伊藤レポートについて解説していきます。
3. 2020年経済産業省公表の「人材版伊藤レポート」とは
人材版伊藤レポートは、2020年に経済産業省が公表した研究会の最終報告書です。企業成長の向上のために経営陣・取締役会・投資家がそれぞれに果たすべき役割と行動についてまとめられています。
人材版伊藤レポートに記されている要点は以下です。
- 3つの視点
- 5つの共通要素
次項にてそれぞれの概要を見ていきましょう。
3-1. 伊藤レポートと人材版伊藤レポートとの違いは?
従来の伊藤レポートは、主に企業と投資家の協創について提言し、資本効率の最大化に重点を置いていました。一方、人材版伊藤レポートは、人的資本の最大化にフォーカスし、人材戦略に特化した提言をまとめています。これらの異なるアプローチにもかかわらず、両者に共通する点は、日本企業が持続的な成長を遂げるために必要な方策が示されていることです。
企業経営者や人事担当者は、これらのレポートを参考にしながら、資本効率と人的資本の双方を最大化する戦略を策定することが求められます。
3-2. 3つの視点
3つの視点の概要は以下のとおりです。
- 経営戦略と人材戦略の連動
- As is‐To beギャップの定量把握
- 企業文化への定着
経営戦略と人材戦略の連動
経営戦略とのつながりを意識しつつ、自社に合う人材戦略を策定・実施することが、持続的な企業価値向上に作用すると解説しています。
参照:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~|経済産業省
As is‐To beギャップの定量把握
人材戦略の策定や実施において、都度企業の現在と目指すべき姿のギャップを定量的に把握します。
また都度ギャップを埋めるための作業を実施し、実際の数値などをステークホルダーに開示する必要性を示す内容です。
さらに、人材戦略と経営戦略の連動が良好かどうかの判断にもかかせない視点だと解説しています。
参照:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~|経済産業省
企業文化への定着
人材戦略の策定段階から、持続的な企業価値向上につながる企業文化の策定・定着のため取り組むことが大事だと解説しています。
なお、人的資本経営における人材戦略の策定・実施にも役立つ取組事例も記載されています。
参照:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~|経済産業省
3-3. 5つの共通要素
5つの共通要素は以下のとおりです。
- 動的な人材ポートフォリオ
- 知と経験のD&I
- リスキル・学び直し
- 従業員エンゲージメント
- 時間・場所にとらわれない働き方
要素ごとの取組事例が示されているため、深く理解できる内容です。
人材版伊藤レポートでは、経営陣が人材戦略の策定・実行の際に、前述の3つの視点と5つの共通要素を踏まえることの必要性が提示されています。
参照:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~|経済産業省
4. 人材版伊藤レポート2.0の要約
人材版伊藤レポート2.0は、人材版伊藤レポートの改定版として2022年に経済産業省が公表した報告書です。実例集を盛り込むなど、人的資本経営を実践するためのより具体的な施策や考え方が示されています。
4-1. 人材版伊藤レポート2.0のポイント
人材版伊藤レポート2.0が示す、人的資本経営の実現における最重要点は、経営戦略と人材戦略の連動のための取り組みです。とくに以下が両戦略の連動において最も重要であるとしています。
- CHROの設置
- 全社的経営課題の抽出
人材版伊藤レポート2.0では、人材版伊藤レポートで示された3つの視点と5つの共通要素についても深掘りされました。実際の取組や取組を進める際の注意点・工夫点など、より詳細に示されています。
参照:人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~|経済産業省
5. 人材版伊藤レポート3.0の要約
伊藤レポート3.0は、経済産業省が2022年に公表した「サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会」の報告書です。SX研究会ともよばれることから、伊藤レポート3.0はSX版伊藤レポートともよばれています。
5-1. 人材版伊藤レポート3.0のポイント
SXとはサステナビリティ・トランスフォーメーション(Sustainability Transformation)の略です。企業がビジネスの安定と以下のESGへの配慮を両立しながら、持続可能な発展を目指す企業経営をおこなうことを意味します。
- 環境(Environment)
- 社会(Social)
- 企業統治(Governance)
伊藤レポート3.0において示されている、長期的・持続的な企業価値向上における経営戦略の根幹要素はサステナビリティへの対応です。要約を以下にまとめました。
SXの前提となる価値の捉え方 | ・競争優位性のある事業活動によって、ステークホルダーの抱える課題の解決で収益を得られる
・それを「利益分配と更なる課題解決に向けた再投資に振り向けながら長期的かつ持続的に企業価値を向上させていく」という、循環的な捉え方 |
SX実現に向けた課題と方向性 | <課題>
・具体的に何にどのように取り組めばよいか、企業に迷いが生じる ・長期目線でイノベーションに取り組み、事業としてスケールさせることが困難 ・各企業の行動が共通化し、独自性を発揮 しづらくなることによって、利益の取り合い(レッドオーシャン)に陥る危険性が高い <方向性> ・自社固有の長期的かつ持続的な価値創造ストーリーに基づく経営 ・自社が長期的に目指す姿を設定する ・投資家等と長期目線の建設的な対話を行いつつ、主体的に自社ならではの価値創造ストーリーを構築する ・グローバルな投資の呼び込みへとつなげられ、イノベーションの取り組みをはじめとする長期の成長投資を一層加速することが重要 |
SX実現のための重要な取り組み | ・社会のサステナビリティを踏まえた目指す姿の明確化
・目指す姿に基づく長期価値創造を実現するための戦略の構築 ・長期価値創造を実効的に推進するための KPI・ガバナンスと、実質的な対話を通じた更なる磨き上げ |
6. 人的資本経営の実現に向けた企業の事例
それでは実際に、伊藤レポートの考え方を取り入れながら、独自で人的資本経営を実現するために企業が取り組んだ事例を紹介にします。
6-1. 花王株式会社の事例
花王株式会社は、従業員の健康と働きやすさを重視した健康経営を推進するだけでなく、人的資本経営にも力を入れています。従来のKPIに基づく目標管理・評価制度から、2021年にはOKRを導入しました。OKRは「ありたい姿や理想に近づくための高く挑戦的な目標」と定義され、社員が挑戦を通じて成長し、結果として会社や社会に貢献することが目的です。
社員は中長期的な理想を描き、目標を設定します。これらのOKRはグループ全体で共有され、部門を超えた連携を促進します。さらに、社員同士が対話を通じて目標をブラッシュアップし、組織全体への貢献を考える文化が奨励されています。これは人的資本経営の観点からも重要で、従業員の成長と会社全体の持続的な発展を支えています。
6-2. 株式会社丸井グループの事例
株式会社丸井グループは、人的資本経営の先進的な事例として注目されています。同社では、イノベーションの創出を促すために、10年以上かけて社員の自主性を重視した組織文化を構築してきました。例えば、スタートアップへの出向や新規事業への参加はすべて社員の自主性に基づく手挙げ方式を採用し、4500名以上の社員が成長の機会に自らの意思で携わってきました。
さらに、心理的安全性の高い職場づくりにも注力しています。対話のルールを設定し、対話の際は安全な場所宣言から始まり、目的を設けない、結論を求めない、人の意見を否定しないなどの基本ルールが浸透しています。これにより、社員は自由に意見を出し合い、新たなアイディアや改善策が生まれやすい環境が整えられています。
多様な人材が活躍できる環境作りにも力を入れており、女性の管理職比率向上や障がい者雇用の拡大にも成功しています。これらの取り組みにより、多様性を尊重しながらも組織全体のパフォーマンス向上を実現しています。
6-3. ロート製薬株式会社の事例
ロート製薬株式会社は、人的資本経営に積極的に取り組んでいます。社員一人ひとりの成長とエンゲージメントを重視し、様々な制度を整備しています。例えば、社外チャレンジワーク(複業)や社内ダブルジョブ(兼務)、社内起業家支援プロジェクト明日ニハなどがあります。これらの制度により、社員は所属部署にいながらも興味のある部署の業務を経験し、自律的なキャリア構築や目標の実現に役立っています。
さらに、ロート製薬は転職や留学などで退職し、外部で経験を積んだ人材が再入社することを歓迎しています。また、高度専門人財の採用を強化し、新規事業の推進を図っています。R&D分野では外国籍人財の積極的な採用や大学院との共同研究、フリーランスのデジタル人財登用も行っています。これにより、組織全体の競争力を高め、さらなる成長を目指しています。
以上のように、ロート製薬株式会社は社員のキャリア開発とエンゲージメントを重視し、多様な取り組みを展開することで、人的資本経営の模範的な事例を提供しています。
7. 人的資本情報の開示とは?
人的資本情報の開示とは、企業が自社の人的資本に関する情報を外部に透明性をもって公表することを指します。具体的には、社員の教育・研修、エンゲージメント、健康状態などに関するデータを含みます。この情報の開示は企業価値の向上に繋がるだけでなく、人材版伊藤レポートで示されている「ビジネスモデル・経営戦略・人材戦略の連動」を投資家や取引先などのステークホルダーに示す重要な取り組みです。
人的資本情報の開示は、企業が中期的な成長を遂げるための指針として認識されており、2023年3月期からは、有価証券報告書を発行する大手企業4000社を対象にその開示が求められます。このような情報開示は、ステークホルダーとの協創を促進する上で欠かせません。
8. 伊藤レポートを参考に人的資本経営を実現させよう
人材を資本とみなす人的資本経営の実現において、人材戦略の策定や実施の際、経済産業省公表の報告書である伊藤レポートを参考にするのも一つの方法です。
また、人材版伊藤レポートや人材版伊藤レポート2.0、伊藤レポート3.0を参考にするのもよいでしょう。
人的資本経営の実現を目指す場合は、ぜひ各種の伊藤レポートについての理解を深めてください。
企業価値を持続的に向上させるため、いま経営者はじめ多くの企業から注目されている「人的資本経営」。
今後より一層、人的資本への投資が必要になることが想定される一方で、人事担当者の皆さんの中には「そもそもなぜ人的資本経営が注目されているのか、その背景が知りたい」「人的資本投資でどんな効果が得られるのか知りたい」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そのような方に向けて、当サイトでは「人的資本経営はなぜ経営者から注目を集めるのか?」というテーマで、人的資本経営が注目を集める理由を解説した資料を無料配布しています。
資料では、欧州欧米の動向や企業価値を高める観点から、人的資本経営が注目される理由を簡単に解説しています。
「注目されている背景を知って、人的資本経営への理解を深めたい」という方は、ぜひこちらから資料をダウンロードしてご活用ください。
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