IPO時の労務監査は誰に依頼する?実施時期や指摘されやすいポイントを解説
更新日: 2026.3.31 公開日: 2025.7.16 jinjer Blog 編集部

労務監査では、企業が人事労務に関する法令を遵守できているかを調査します。後に控えるIPO審査をスムーズに通過するためにも、労務監査に向けて入念に準備することが大切です。
本記事では、労務監査の必要性や実施のタイミング、IPO準備段階で指摘されやすいポイントなどを解説します。上場に向けて労務管理体制を整備したい担当者の方は、ぜひ参考にしてください。
普段から労務・勤怠管理を徹底していたとしても、労働基準監督署による立ち入り調査は、いつ来るのか事前に分かるものではありません。
そのため、自社の管理方法に問題がないのか不安を抱えている担当者の方も多いのではないでしょうか。
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1. IPOにおける労務監査とは?


労務監査とは、企業が労働基準法をはじめとする各種労働関係法令を適切に遵守し、労務管理が適正におこなわれているかを、第三者の専門家が客観的に確認・評価することをいいます。
具体的には、労働基準法をはじめとする各種労働関連法令への適合状況や、就業規則・賃金制度・労働時間管理・社会保険の運用実態などが確認対象です。
IPO(新規上場)では、企業の成長性だけでなくコンプライアンス体制や内部管理体制の健全性も重視されます。労務面に重大な問題がある場合、未払い残業代の発生や訴訟リスクにつながり、上場審査に悪影響を及ぼすおそれがあるので、労務監査はIPO準備の重要な工程の一つとされています。
1-1. 労務監査の流れ
労務監査は、大きく「準備・計画」「実施」「報告・改善」の3つのステップで進められます。それぞれの段階で適切な対応をおこなうことが、実効性の高い監査につながります。
| 監査の準備・計画 |
|
| 監査実施 |
|
| 結果報告と改善支援 |
|
これらのプロセスを段階的かつ丁寧に進めることで、IPO審査における労務リスクを未然に防ぎ、組織の健全な成長基盤を整えられます。
関連記事:労務監査とは?項目・内容や実施タイミング・流れ、チェックポイントを解説!
1-2. IPOに労務監査が必要とされる理由
労務監査そのものに法的な実施義務はありません。しかし、IPO準備においては実務上きわめて重要なプロセスと位置づけられています。
新規上場申請をおこなう企業は、「有価証券報告書(Ⅱの部)」を作成しなければなりません。この中では「従業員の状況について(勤怠の管理方法、時間外労働の状況、みなし労働時間制等)」として、次のような事項の記載が必要とされています。
- 勤怠の管理方法及び未申告の時間外労働(いわゆるサービス残業)の発生防止
- 時間外及び休日労働に係る労使協定の内容
- みなし労働時間制
- 平均時間外労働時間の推移
- 36協定違反の状況
- 長時間労働の防止
- 賃金未払いの発生状況
- 管理監督者
このように、上場審査では労務管理体制の適正性が詳細に確認されます。そのため、有価証券報告書を適切に作成し、審査に耐え得る状態を整えるには、自社の労務リスクを事前に洗い出し、是正しておくことが不可欠です。労務監査は、そのための有効な手段といえます。
近年は、労働法令違反が重大な企業リスクとして認識される傾向が一層強まっています。未払い残業代や長時間労働問題が顕在化すれば、上場審査の長期化や延期につながる可能性も否定できません。そのため、主幹事証券会社や監査法人から労務監査の実施を推奨されるケースも増えています。
1-3. IPO準備の労務監査は誰に依頼する?
IPO準備における労務監査は、専門性の高い業務であるため、原則として社会保険労務士(社労士)に依頼することが望ましいです。2025年6月に成立した社会保険労務士法の改正(第9次社会保険労務士法改正)により、社労士の業務として「法令並びに労働協約、就業規則及び労働契約の遵守の状況を監査すること」が明記されました(第2条第1項第3号関係)。
これにより、労務監査は社労士の専門的業務として法的位置づけが明確化されています。また、社会保険労務士法第27条では、社労士でない者が一定の社労士業務を業としておこなうことを制限しています。そのため、労働関係法令に基づく専門的判断や監査業務を有償でおこなう場合には、法令違反と評価される可能性も否定できません。
ただし、どの範囲までが社労士の独占業務に該当するかについては、業務内容や実施形態によって個別に判断される余地があります。したがって、IPO準備のように法令適合性が厳密に問われる場面では、社労士に依頼することが実務上も法的にも安全性の高い対応といえるでしょう。
参考:社会保険労務士法の一部を改正する法律(令和7年法律第7 7号)の概要|厚生労働省
2. IPO準備における労務監査の実施タイミング


IPOを目指す企業に労務監査が実施されるタイミングは、おもに次の2回です。
- 直前々々期(N-3期)
- 直前期(N-1期)
各段階におけるポイントを確認していきましょう。
2-1. 直前々々期(N-3期)
1回目の労務監査は、監査法人のショートレビュー前に実施するのが理想です。
直前々々期において労務面の課題を把握・整備している状況を示すことで、監査法人から選ばれやすくなるためです。
最近では、監査法人側も人手不足や負担軽減を背景に、労務リスクが低い企業を優先的に引き受ける傾向があります。
そのため、できる限り早期に労務監査を実施し、コンプライアンス対策の進行度を示すことが重要です。
2-2. 直前期(N-1期)
2回目の労務監査は、上場申請を目前に控えた直前期(N-1期)に実施します。
直前期には、直近の法改正への対応状況や、整備した労務体制の運用状況を重点的に調査します。
労働関連法令は改正が頻繁におこなわれるため、上場審査に進む直前の段階で最新の法令遵守状況を再確認することが重要です。
3. IPO準備で労務監査によく指摘されるポイント


IPO準備において、労務監査で指摘されやすいポイントは次のとおりです。
- 未払いの残業代がある
- 過重労働(長時間労働)への対策が不十分
- 休日(振替休日・代休)の管理が適切におこなわれていない
- 安全管理体制を構築できていない
- 就業規則に実態が伴っていない
- 社会保険の加入漏れがある
- 雇用契約書を取り交わしていない
- 36協定の締結・届出をしていない
- 従業員が有給を取得していない
- 行政指導や訴訟リスクへの対応体制が整っていない
労務監査をスムーズに通過するために、それぞれの詳細を確認していきましょう。
3-1. 未払いの残業代がある
IPO準備を進めるうえで、最も重大な労務リスクの一つが「未払い残業代」です。
「適切に管理できている」と認識していても、労務監査の結果、見落としていた支払い漏れが発覚するケースが少なくありません。
未払いが生じる原因には、割増賃金の計算方法に誤りがあることや、労働実態と制度運用が乖離していることなどが挙げられます。
上場審査に備えて、労働時間の管理体制や賃金計算の適正性を、事前に確認しておきましょう。
関連記事:給与計算ミスへの対処法は?責任・リスクや防止策も解説!
3-2. 過重労働(長時間労働)への対策が不十分
労働時間の適切な管理ができていない場合、IPO準備における労務監査で重大な指摘を受ける可能性があります。また、長時間労働は過重労働を招き、労災リスクの増大や企業のレピュテーション低下にもつながるでしょう。
従業員に法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える労働や法定休日の労働をさせる場合、あらかじめ36協定を締結し、所轄の労働基準監督署へ届け出る必要があります。
また、36協定を締結した場合であっても、時間外労働は原則として「月45時間・年360時間以内」に抑えることが求められます。臨時的な特別事情がある場合には例外として上限を超えることが認められますが、範囲は次の通りです。
- 時間外労働:年720時間以内
- 時間外労働および休日労働:月100時間未満、2~6ヵ月平均80時間以内
- 時間外労働が月45時間を超えられる回数:年6ヵ月まで
36協定を締結しないまま時間外労働をおこなわせた場合や、法定の上限を超えて時間外労働をさせた場合には、労働基準法違反となります。加えて、過重労働が原因で従業員のメンタルヘルス不調が発生し、重大な結果につながった場合、企業が高額な損害賠償責任を負う可能性も否定できません。
こうした法令違反や労務リスクの顕在化は、IPO審査においても重大なマイナス要因となるでしょう。とくに、IPO準備時の労務監査では、タイムカードや勤怠システムなどの客観的な記録と、実際の労働実態が一致しているかが厳しく確認されます。
従業員の労働時間は、PCログやICカードによる打刻など第三者が検証できる形式で管理しましょう。指摘を避けるためには、時間外労働の上限を超過しない運用を徹底することが大切です。
関連記事:36協定における残業時間の上限を基本からわかりやすく解説!
関連記事:時間外労働の上限規制はいつから?上限時間と罰則・労働時間管理のポイントを解説
3-3. 休日(振替休日・代休)の管理が適切におこなわれていない
休日が適切に管理されていないと、従業員に十分な休息が確保されず、結果として労働災害のリスクが高まります。労働基準法に基づき、法定休日(毎週少なくとも1日、または4週間を通じて4日以上)を確実に付与しなければなりません。
また、法定休日に労働させた場合には、35%以上の割増賃金を支払う義務があります。さらに、振替休日と代休を正しく区別せずに運用すると、割増賃金の未払いが発生するおそれもあるので、制度理解と実務の整合が重要です。
休日管理の不備は、未払い賃金や長時間労働の問題につながりやすく、IPO準備における労務監査でも指摘事項となりがちです。規程を整備するだけでなく、実際の取得状況や消化実績まで可視化・管理できる体制を構築することが求められます。
関連記事:法定休日とは?労働基準法のルールや特定義務・割増賃金計算のポイントを解説
3-4. 安全管理体制を構築できていない
従業員の健康管理や安全対策が不十分な場合、労務監査で指摘を受けるリスクが高まります。とくに従業員の健康を軽視したまま重大な労災やトラブルが発生すると、企業は法的責任や社会的信用に大きなダメージを受ける可能性があります。
具体的には、換気・空調などの職場環境の整備やパワハラ防止のための体制づくり、産業医による面接指導体制の構築が、従業員の健康管理において重要です。なお、現行の労働安全衛生法では、常時50人以上の労働者を使用する事業場において、年1回のストレスチェック実施が義務付けられています。
さらに、2025年5月14日に公布された改正労働安全衛生法により、従業員50人未満の事業場でも、これまで努力義務とされていたストレスチェックが義務化されることになりました。施行日は公布から3年以内に政令で定められる予定で、最長で2028年5月までに義務化される見込みです。
上場審査を円滑に通過するためにも、最新の法令に対応し、メンタルヘルスマニュアルの作成や相談窓口の設置など、従業員へのサポート体制を整えることが欠かせません。
参考:労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律について(報告)|厚生労働省
関連記事:残業時間によっては産業医面談が義務になる?面談の流れやポイントを解説
3-5. 就業規則に実態が伴っていない
就業規則と実際の運用にギャップがあることも、労務監査で指摘されやすいポイントです。
例えば、就業時間や休暇のルールが形骸化していて実態が伴っていない、在宅勤務に関する取扱いが曖昧であるなどのケースが挙げられます。
就業規則において、整備が求められる規程の代表例は次のとおりです。
- 給与規程
- 退職金規程
- 育児・介護休業規程
- テレワーク・在宅勤務規程
- パート・契約社員向け規則
就業規則は単なる規程の整備にとどまらず、日常的に運用されているかどうかをチェックし、必要に応じて見直すことが重要です。
関連記事:就業規則の作成方法|記載すべき項目や注意すべきポイントを解説
3-6. 社会保険の加入漏れがある
社会保険の加入漏れがある場合も、労務監査で指摘されます。
とくに注意すべき点は、パート・アルバイトなどの非正規従業員であっても、次の条件を満たす場合は社会保険への加入が義務付けられていることです。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 月額賃金88,000円以上
- 雇用期間が2ヵ月を超える見込み
- 学生でない(夜間・通信を除く)
また、2024年10月からは「従業員数51人以上」の企業にも対象範囲が拡大しました。従業員一人ひとりの勤務条件を正確に把握し、加入漏れや手続きミスがないか早期に確認することが不可欠です。
参考:令和6年10月1日からパート・アルバイトの社会保険の加入要件がさらに拡大されます|厚生労働省
さらに、2025年5月に年金制度改正法が改正され、将来的に賃金要件(月額賃金88,000円以上)と企業規模要件(従業員数51人以上)は撤廃される見通しです。最新の法改正にも注意して、正しく社会保険の加入手続きをおこないましょう。
関連記事:「年収の壁」撤廃はいつから?103万円・106万円それぞれの廃止時期を解説
3-7. 雇用契約書を取り交わしていない
労働条件を明文化せず、口頭のみで契約を交わしている場合、労務監査での指摘対象となります。労働時間や残業、勤務地などの重要事項は、雇用契約書や労働条件通知書として書面で明記・交付することが必要です。
また、2024年には労働基準法施行規則の改正により、労働条件通知書に次の記載義務が加わりました。
| 対象 | 明示事項 |
| すべての労働者 | 就業場所・業務の変更の範囲 |
| 有期契約労働者 | 更新上限の有無と内容 |
| 無期転換の申込機会がある旨 | |
| 無期転換後の労働条件 |
雇用契約書や労働条件通知書の取り交わしは、労使トラブルを未然に防ぐことはもちろん、監査時のリスク回避の観点からも重要です。
参考:令和6年4月から労働条件明示のルールが改正されます|厚生労働省
関連記事:雇用契約書と労働条件通知書の違いとは?兼用はできる?作成方法も解説
3-8. 36協定の締結・届出をしていない
労務監査においては、36協定(時間外・休日労働に関する協定)を締結し、労働基準監督署へ届出をしているかが確認されます。
36協定を結ばず従業員に法定外残業や法定休日労働をさせることは、労働基準法違反です。とくに中小企業では、締結や届出が漏れているケースが多いため、労務監査前に欠かさずチェックしておきましょう。
関連記事:36協定とは?基礎知識から残業上限規制や締結・届出、違反リスクまで完全解説
3-9. 従業員が有給を取得していない
労務監査では、有給休暇の取得実績だけでなく、企業による取得推進の取り組み内容や、記録・管理状況も確認されます。
2019年4月から、年間10日以上の有給が付与される従業員には「年5日」を取得させることが義務化されました。
有給休暇を形式的に付与するだけでなく、実際に従業員が取得しやすい環境づくりにも注力しましょう。
関連記事:有給休暇5日の取得義務化とは?時間単位の扱いから対応方法や罰則まで解説
3-10. 行政指導や訴訟リスクへの対応体制が整っていない
IPO準備における労務監査では、労働基準監督署による調査の状況も重要な確認事項となります。調査の実施日や指摘内容、是正勧告や指導の有無、その対応状況までを整理・記録し、適切に管理しておくことが求められます。
また、行政指導を未然に防ぐためには、労働基準法をはじめとする労働関係法令への理解を深め、就業規則や労働時間管理体制などの社内整備を継続的におこなうことが不可欠です。
さらに、リスクは行政対応にとどまりません。ハラスメントや不当解雇などを背景に従業員から訴訟を提起された場合、「内部統制が有効に機能していない」と評価される可能性があります。
その結果、労務管理体制に重大な課題があると判断され、組織全体の統制環境に対する信頼性が損なわれるおそれもあります。労務リスクは経営リスクであるとの認識のもと、予防的な体制整備を進めることが重要です。
4. IPO準備を成功に導く社会保険労務士の選定ポイント


IPO準備では、日常の労務管理に加え、監査・審査に耐えうる体制整備が求められます。
そのため、社会保険労務士についても「手続きができるか」だけでなく、「上場を見据えた支援ができるか」という視点での選定が不可欠です。
ここでは、IPO準備を進めるうえで重視すべき社会保険労務士の選定ポイントを解説します。
4-1. IPO・上場準備の支援実績が豊富か
IPO準備では、労務デューデリジェンスや就業規則の整備、未払い残業代リスクへの対応など、通常の労務顧問業務とは異なる専門的な対応が求められます。そのため、過去にIPO準備や上場企業の支援に関わった実績があるかどうかは重要な判断材料です。
実績が豊富な社会保険労務士であれば、IPO準備で指摘されやすい論点や、事前に整えておくべきポイントを把握しており、後戻りの少ない実務対応が期待できます。
4-2. 監査法人・証券会社のチェック観点を理解しているか
IPO準備では、監査法人や証券会社による厳格なチェックがおこなわれます。労務分野においても、「労働時間管理」「割増賃金の支払い」「就業規則と実態の整合性」などが重点的に確認されます。
社会保険労務士がこれらのチェック観点を理解していれば、単なる法令遵守にとどまらず、「監査でどう見られるか」を意識した制度設計や資料整備が可能です。結果として、指摘事項の発生や修正対応の負担を最小限に抑えることにつながります。
4-3. 法改正への迅速かつ的確な対応ができるか
労働関連法令は改正が多く、IPO準備期間中に制度変更が生じることも珍しくありません。法改正への対応が遅れると、就業規則や運用が最新の法令に適合せず、監査上のリスクとなる可能性があります。
そのため、法改正の情報提供がタイムリーで、実務への影響を踏まえた具体的な対応策を提示できる社会保険労務士を選ぶことが重要です。IPO準備という限られた時間の中でも、確実に対応を進められる体制が整っているかを確認しておきましょう。
5. IPOに向けて労務監査を早期に実施しよう


IPO時の労務監査は、上場審査をスムーズに通過するうえで欠かせないプロセスです。
労務監査を通じて法令遵守の体制を整えることは、企業の信頼性や透明性を高めることにもつながります。
指摘リスクを減らし、安心してIPOを迎えるためにも、できる限り早期に労務監査の実施を検討しましょう。



普段から労務・勤怠管理を徹底していたとしても、労働基準監督署による立ち入り調査は、いつ来るのか事前に分かるものではありません。
そのため、自社の管理方法に問題がないのか不安を抱えている担当者の方も多いのではないでしょうか。
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