残業時間によっては産業医面談が義務になる?面談の流れやポイントを解説
更新日: 2025.3.27
公開日: 2025.1.2
jinjer Blog 編集部
従業員の月の残業時間が80時間を超えた場合、企業は産業医面談を実施する義務があります。これは、労働安全衛生法などで定められていることなので、面談を実施しないと法律違反になる可能性もあるため注意が必要です
産業医面談は従業員に強制できないのですが、産業医面談をおこなうことは、戦力となってくれる従業員の健康を守ることになります。そのため企業は、従業員に対して産業医面談の重要性を伝え、実施率を上げることが重要です。
本記事では、産業医面談の対象者や実施の流れ、企業がおこなうべき対応、産業医面談の実施率を上げるポイントなどを解説していきます。
1. 長時間労働者への産業医面談とは
長時間労働者への産業医面談は、労働安全衛生法第66条の8による「長時間労働者への医師による面接指導制度」として定められています。つまり、対象者に産業医面談をおこなわないと、法律違反となってしまうのです。
また、違法にならないとしても、企業は業務によって従業員の心身の健康を損なわないよう、注意をする必要があります。
ここでは、義務づけられている「長時間労働者への医師による面接指導制度」の概要や面談の対象者について解説します。
1-1. 「長時間労働者への医師による面接指導制度」とは
「長時間労働者への医師による面接指導制度」とは、健康障害が発症している、もしくは発症のリスクがある従業員の心身状況を把握するため、産業医など医師による問診をおこなう制度です。
この制度では、ただ問診をするだけでなく面接の結果を踏まえ、健康障害の改善指導などもおこないます。
「長時間労働者への医師による面接指導制度」は従来からあった制度ですが、限られた時間の中ではどうしても業務が優先になってしまい、健康被害のリスクがある従業員がいても対応できないというのが企業の実情でした。
そのため、労働安全衛生法や労働安全規則が改正され、2019年4月から面接指導対象者の選定基準の拡大や、実施に関する新たな制約が設けられ、現在の「長時間労働者への医師による面接指導制度」となっています。
1-2. 産業医面談の対象者
産業医面談が義務となる対象者は、月の残業時間数が「80時間」となる従業員です。ただし、残業時間を超えた時点では、産業医面談の義務は発生しません。
企業の産業医面談を実施する義務が発生するのは、下記の条件を満たした場合です。
- 残業時間が80時間を超えている
- 従業員からの産業医面談の申し出がある
しかし企業は、従業員の申し出がなくても、産業医面接を実施するよう努めなければなりません。産業医面談を実施する目的は、長時間労働となっている従業員の健康を守るためです。
長時間労働が続くと、従業員の脳疾患や心臓疾患、精神疾患など、重大な健康被害を受けるリスクが高まります。企業は、従業員の心身の健康状態を把握し、必要に応じて適切な対策をおこなわなければなりません。
参考:長時間労働者への医師による面接指導制度について|厚生労働省
2. 産業医面談は企業の義務だが強制はできない
月80時間の残業時間を超える従業員の産業医面談は企業の義務ですが、従業員への強制はできません。
産業医面談を受けるかどうかの選択は、従業員の意思で決めることなので、「仕事が忙しく面談の時間が取れない」「健康面のプライバシーを会社に知られたくない」などの理由で、従業員が面談を拒否するケースも想定されます。
しかし、そのまま放置することは避けるべきです。
もし、従業員が過労や長時間労働を理由に健康被害を発症した場合、企業は安全配慮義務違反として責任を問われる可能性があるためです。そのため、産業医面談の対象者には、面談の必要性やメリットを説明し、実施への理解を促す必要があります。
なお、対象者に勧奨をおこなったことを記録しておけば、安全配慮義務を果たしている証明になるので、万一のことを想定して記録を残しておきましょう。
3. 残業による長時間労働者へ産業医面談を実施する流れ
残業による長時間労働者へ産業医面談を実施する流れは、以下のとおりです。
- すべての従業員の労働時間を把握す
- 労働時間情報を産業医と従業員に通知する
- 従業員に産業医面談をおこなうことを推奨する
- 従業員から面談希望の申し入れ
- 産業医面談の実施
ここでは、これらの流れについて解説していきます。
3-1. すべての従業員の労働時間を把握する
企業には、労働安全衛生法第66条8の3、労働安全規則第52条7の3第1項、第2項において、すべての従業員の労働時間を把握することが義務付けられています。
ここでいう「労働時間」というのは、従業員が雇用主の指揮命令下に置かれている状態のことを指すため、下記のような状況も「労働時間」に含まれます。
- 会社内で業務の準備をしたり、業務終了後の後片付けをしたりする時間
- いつでも業務に取りかかれるように待機している時間(手待ち時間)
- 教育訓練や研修を受講している時間
また、「すべての従業員」には、高度プロフェッショナル制度適用者を除き、管理監督者や裁量労働制の適用者も含まれているので、間違えないようにしましょう。
3-2. 労働時間情報を産業医と従業員に通知する
労働安全規則第52条の2第3項において、時間外・休日労働時間が月80時間を超えている従業員がいた場合は、労働時間情報を産業医と従業員に通知することが義務付けられています。
産業医への情報提供は、下記のような項目があります。
- ①健康診断、②長時間労働者に対する面接指導、③ストレスチェックに基づく面接指導実施後の既に講じ
た措置又は講じようとする措置の内容に関する情報(措置を講じない場合は、その旨・その理由) - 時間外・休日労働時間が1月当たり80時間を超えた労働者の氏名・当該労働者に係る当該超えた時間に
関する情報(高度プロフェッショナル制度対象労働者については、1週間当たりの健康管理時間が40時
間を超えた場合におけるその超えた時間(健康管理時間の超過時間)) - 労働者の業務に関する情報であって産業医が労働者の健康管理等を適切に行うために必要と認めるもの
参考URL:働き方改革関連法により2019年4月1日から「産業医・産業保健機能」と「長時間労働者に対する面接指導等」が強化されます|厚生労働省
情報提供までの期間は約2週間以内、提供方法は書面であることが望ましいとされているので、できる限り沿うようにしましょう。
従業員に通知する際には、面接指導の申請を促せるように、実施時期や実施方法なども併せて伝えることが求められます。
3-3. 従業員に産業医面談をおこなうことを推奨する
産業医面談を実施するのは企業の義務ですが、従業員が面談を受けるかどうかは義務ではありません。
産業医面談は、従業員からの申請があって初めて実現します。そのため、企業は面談を受けるメリットや健康リスクなどを伝えて、産業医面談をおこなうよう働きかけましょう。
それでも、面談に前向きにならない場合は、産業医から働きかけてもらうことも可能です。労働安全衛生規則第52条の3では、「従業員に対して産業医が直接申し出を推奨できる」と定められているので、メールなどで伝えてもらうことも検討してみましょう。産業医から当該従業員へ、労働時間の現状と長時間労働が引き起こす健康リスクについて説明するとともに、面接を申し出るようメールや封書などによって伝えてもらうとよいでしょう。
3-4. 従業員から面談希望の申し入れ
従業員が納得したら、会社側に面談希望の申し入れをしてもらいます。申し入れの方法に規定はありませんが、後で「いった、いわない」などのトラブルにならないよう、メールもしくは書面で記録に残せる方法が望ましいでしょう。
産業医面談をおこなうことに対して、「面談をすると自分の業務への評価が下がる」「健康問題があると周囲に勘ぐられる」などネガティブなイメージを持つ従業員は少なくありません。
このような不安を払拭できるよう、申し入れの際には、「面談を受けても評価に影響しない」「個人情報は保護される」などの説明をしてあげましょう。
3-5. 産業医面談の実施
申し入れがあったら、産業医と長時間労働をおこなっている従業員の面談指導を実施します。
産業医は、面談時に下記の点について確認をおこないます。
- 従業員のメンタルヘルスの様子
- 従業員の疲労が蓄積しているか
- 従業員の勤務状況
これらの確認をおこなってから、適切な指導をするというのが一連の流れです。メンタルヘルスや疲労の蓄積に関しては産業医が面談で判断しますが、勤務状況は会社側が記録を提出しておくのがベストです。
ちなみに、条件を満たしていればオンラインでの面談も可能なので、従業員の負担にならない方法でおこないましょう。
4. 産業医面談で企業がおこなうべき対応
産業医面談で企業がおこなうべき対応は、以下のとおりです。
- 従業員の労働時間を正確に把握する
- 結果を踏まえて適切な対策を講じる
ここでは、これらの対応について解説します。
4-1. 従業員の労働時間を正確に把握する
企業が従業員の労働時間を正確に把握することは、非常に重要です。2019年から「客観的な記録による労働時間の把握」が、法的な義務になりました。
企業は、勤怠管理システムなどを活用して、従業員の時間外労働を適切に管理しなければなりません。そのため、フレックスタイム制度やリモートなど、柔軟な働き方を導入している企業も、労働時間を把握できるシステムの構築をしておくことが大切です。
労働時間の正確な管理は、従業員の健康を守るだけではなく、企業のリスク低減や労務管理の健全化に寄与します。
労働時間の管理を怠ることで、過労や時間外労働による健康障害やメンタルヘルスの問題が発生した場合、企業イメージの悪化も避けられないので注意しましょう。
参考:客観的な記録による労働時間の把握が法的義務になりました|厚生労働省
4-2. 産業医面談の結果を踏まえて適切な対策を講じる
企業は、産業医面談の結果を踏まえて適切な対策を講じることが求められます。
産業医の意見を聞きながら、状況に応じて以下のような対策を検討しましょう。
対策 | 補足 |
労働時間の短縮 | 業務の効率化や労働時間の見直しをおこない、長時間労働が続かないよう対策する |
有給休暇取得の促進 | 従業員が積極的に有給休暇を取得できる労働環境を整える |
適材適所の人材配置 | 従業員の能力や適性を考慮して、適切な人材配置をおこない業務負担を軽減する |
フレックスタイム制の導入 | 従業員が柔軟に働ける環境を整え、業務負担を分散させる |
相談窓口の設置 | メンタルヘルスなどの悩みについて気軽に相談できる環境を整備する |
産業医面談の対象となった従業員だけではなく、企業全体で残業時間の削減に向けて取り組むことが重要です。労働環境の整備は、従業員の健康を守るだけではなく、生産性の向上にもつながります。
5. 産業医面談の実施率を上げる3つのポイント
産業医面談の実施率を上げるポイントは、以下のとおりです。
- 従業員のプライバシーの保護を徹底する
- 産業医面談の義務やメリットを周知する
- 産業医面談を受けやすい環境を整える
- 産業医面談の日程を幅広く設定する
ここでは、これらのポイントについて解説します。
5-1. 従業員のプライバシーの保護を徹底する
産業医面談の実施率を上げるためには、従業員が気楽に面談を受けられるよう、プライバシーの保護を徹底することが重要です。
産業医への相談内容は、メンタルヘルスの問題など、従業員が周りに知られたくない内容が含まれている可能性があります。そのため、面談は個別対応であり、個人情報は企業で厳密に管理するため外部に漏れないことを説明しましょう。
また、産業医は守秘義務を負うため、本人の同意なしで相談内容が企業側に共有されることはないというのも伝えておくと、より安心して面談を受けてもらえます。
産業医面談に対する従業員の不安を払拭し、安心して面談を受けられる環境を整えましょう。
5-2. 産業医面談の義務やメリットを周知する
産業医面談の義務やメリットを周知することも、面談の実施率を上げるのに効果的です。
産業医面談は、従業員の健康を守り、労働環境を改善するための施策であることや、病気などの早期発見や生活習慣の改善につながるなどのメリットを説明しましょう。
中には、「産業医面談をおこなうと人事評価に影響するのではないか」と懸念する従業員がいる可能性もあります。産業医面談を受けることと、人事評価の関連性は一切ないことをはっきり伝えましょう。
産業医面談の実施率を上げるためには、面談の重要性を伝えると同時に、従業員の心配事や不安点を一つひとつ払拭することが大切です。
5-3. 産業医面談の流れを具体的に説明する
産業医面談の流れを具体的に説明するのも、面談の実施率を上げる手段として効果的です。
初めて受診する場合、「時間がかかるのではないか」「業務に支障がでるのではないか」などの心配を抱く従業員もいるかもしれません。また、「飲酒を禁じられるのではないか」「無理な運動や食事制限をいわれるかもしれない」と考え、嫌な気持ちになる従業員もいるようです。
このようなネガティブな考えを払拭するためにも、面談で話す内容や所要時間などを簡潔に説明し、全体の流れを理解してもらうことで、従業員が安心して産業医面談を受けやすくなります。
面談は基本的に産業医との対話形式でおこなうため、リラックスして参加できることを伝えましょう。また、従業員の緊張感や警戒心を解くために、産業医がどのような専門知識を持ち、どのようなサポートをしてくれるのか説明することも重要です。
5-4. 産業医面談の日程を幅広く設定する
産業医面談の日程を、幅広く設定するということも、実施率を上げるポイントです。
日程の幅が狭いと、従業員の業務によってはスケジュールを合わせられないこともありますし、そもそも仕事が忙しければ「面談なんてしてる暇がない」と思ってしまいます。
日程の幅が広ければ、従業員のスケジュールに合わせられるだけでなく、急な会議が入ったとしても日程を変更できるので、従業員への心理的な負担も軽減できます。
それでも時間を取るのが難しい場合は、従業員に許可を取ったうえで、従業員の上司や同僚にスケジュールの都合をつけてもらうようにすると良いでしょう。
6. 残業時間を減らすための対策
産業医面談をおこなうことは、従業員の健康管理のためにとても重要です。しかし、従業員だけに健康管理をさせるのではなく、残業時間を減らし、産業医面談をおこなわなくても済むような環境にするという対策も必要です。
- 有給休暇取得の促進
- 管理職の意識を変える
- 就業規則の見直し
ここでは、これらの対策について解説していきます。
6-1. 有給休暇取得の促進
一番取り組みやすい対策は、有給休暇の取得を促進することです。
有給休暇取得に関しては、2019年の4月から年5日必ず取得させることが義務付けられています。しかし、実際のところ取得率が大幅に上昇しているとはいえない状況なので、企業は取得しやすい環境を整えることが求められています。
例えば、上司が積極的に有給休暇を取る、評価項目に有給休暇取得を盛り込むというような対策をおこなえば、取得率を上昇させる効果が期待できるでしょう。
公休日以外に休みを取れれば、従業員もしっかりリフレッシュできるので、業務効率がアップすることで残業時間の短縮につながります。
6-2. 管理職の意識を変える
一昔前は、残業すればするほど「仕事を頑張っている」という意識がありました。この意識が管理職に残っていると、部下はそれに従わなければならず、結果的に長時間労働が増えてしまいます。
そのため、「残業をして当たり前」「残業は会社への貢献」というような考えを持つ管理職がいる場合は、その意識からかえていかなければなりません。
管理職は、「残業しない=業務効率がよい」という意識を持ち、従業員のスキルや適性をしっかり見極めてタスクを振り分けられるように、研修をおこなうことが求められます。
また、管理職が残業をしないということも重要です。従業員の中には、「管理職が帰るまで自分も帰れない」と思っている人が一定数います。このような慣習を変えるためにも、管理職は定時に退社することを推奨しましょう。
6-3. 就業規則の見直し
長時間労働を減らすには、就業規則を見直すことも重要です。
例えば、就業規則に「週1回ノー残業デー」を設ければ、全社員が強制的に残業できなくなるので、簡単に残業時間を減らすことができます。また、業務内容によってはフレックスタイム制を導入できるかもしれません。
フレックスタイム制であれば、従業員が自分のペースに合わせて仕事ができることで業務効率があがるので、長時間労働を減らす効果が期待できます。
就業規則の見直しや新たな勤務制度導入には時間や手間がかかりますが、残業削減に効果があるので検討してみましょう。
7. 残業時間が80時間を超える場合は産業医面談を実施しよう
企業には、残業時間が月80時間を超える従業員に面談を実施し、従業員の健康を守る義務があります。しかし、産業医面談は義務としてだけでなく、従業員の過労による健康被害を予防するために重要な施策の一つなので、正しい方法で実施できるようにしましょう。
ただし、実施日時や実施方法を決めるだけでは、面談をおこなうことができません。産業医面談は、従業員からの申し出によって実施されるので、面談の重要性を従業員に理解させ、実施率を上げることが大切です。
従業員の健康は業務効率や生産性に大きく関わるので、企業は従業員が安心して面談を受けられる環境を整えましょう。
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