人的資本経営とは?基本概念と注目された背景、実践ステップを解説
更新日: 2026.4.10 公開日: 2024.2.29 jinjer Blog 編集部

近年では人的資本に関する情報開示の義務化が進み、人的資本経営は単に言葉を理解するだけでなく、「自社でどう取り組み、どう社外に説明するか」が問われる経営テーマになっています。
特に人材戦略と経営戦略の連動は、投資家や求職者などのステークホルダーから注目されており、対応の遅れが企業価値に影響する可能性もあります。労働人口の減少や採用競争の激化が続くなか、人材への投資は持続的成長を支える重要な経営課題です。
本記事では、これから人的資本経営を具体的に進めたい担当者に向けて、基本的な考え方から注目される背景、国内外の動向、さらに実践に向けた進め方までをわかりやすく解説します。
目次
人的資本の情報開示が義務化されたことで人的資本経営への注目が高まっており、今後はより一層、人的資本への投資が必要になるでしょう。
こういった背景の一方で、「人的資本投資にはどんな効果があるのかわからない」「実際に人的資本経営を取り入れるために何をしたらいいの?」とお悩みの方も、多くいらっしゃるのが事実です。
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1. 人的資本経営とは

人的資本経営とは、「人材は資本」と考える経営のあり方です。従来の経営では人材を「資源=コスト」と捉えてきましたが、人的資本経営では反対に、人材を利益や価値を生む「資本」だと捉えます。そのうえで、教育などの投資を通じて人材の能力を最大限活かすことで、中長期的な企業価値の向上に取り組みます。
人的資本経営は、世界的に取り組まれているSDGsの観点でも後押しされている経営手段で、欧米では2010年代から人的資本に関する情報開示が義務化されています。日本では2020年に経済産業省が開催した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書「人材版伊藤レポート」をきっかけに注目が集まり、2023年から一部の企業を対象に有価証券報告書での開示義務が課されました。
参考:令和4年5月経済産業省|人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート2.0~
1-1. 人的資本の意味と特徴
人的資本(Human Capital)とは、人を企業にとっての資本と捉える考え方です。人材が持つ知識・スキル・経験・人柄などを、単なる労働力やコストではなく、投資することで成長させるべき資産として位置付けます。従来の「人材=消費される資源」という考え方とは正反対の捉え方です。
人的「資本」といっても、他の資本とは異なり可変性と流動性があります。言い換えると、「頭」「心」「足」がある資本といえます。
- 頭:学習によって知識や技能を高められる
- 心:心身の状態が仕事のパフォーマンスや品質に大きく影響する
- 足:会社間を移動する可能性がある
現在の環境に成長の機会がないと頭が判断し、また心のバランスが崩れることがあれば、人的資本は自分の足で離れていくでしょう。また、例えば1,000万円で採用した人物が1,000万円の売上を出してくれるとは限りません。その場合は「頭」と「心」に働きかけ、利益を最大化できるように投資する必要があります。
人的資本とは、このような特徴をもった資本なのです。
1-2. 人的資本経営と従来の経営方法の違い
従来の経営では、人材は主に「資源」として捉えられ、必要な業務を遂行するために適切に配置・管理する対象と考えられてきました。一方、人的資本経営では、人材を企業価値を生み出す「資本」と捉え、その価値を高めるために継続的な投資をおこなう点に大きな特徴があります。
例えば、従来型の人材管理では、業績が低迷した際に人件費の抑制が優先されやすい一方で、人的資本経営では中長期的な成長を見据え、人材育成や能力開発への投資を通じて企業価値の向上を目指します。主な違いを表にまとめると、次のとおりです。
| 人的資本経営 | 人的資源経営(従来型) | |
| 人材とは | 資本(投資対象)将来的なリターンを生むもの | 資源(経営資源)適切に活用・配分するもの |
| 人材マネジメントの目的 | 人材価値を高め、企業価値向上につなげる | 労働力を安定確保し、効率的に運用する |
| 人事の位置づけ | 経営戦略と連動し、経営層が深く関与する | 人事部主導で運用されやすい |
| 雇用の特徴 | 企業と人材が相互に選び合う関係 | 長期雇用を前提に企業内で育成する |
| 外部への情報発信 | 人材投資や育成方針を積極的に開示する | 社外発信は限定的になりやすい |
また、人材への積極投資は、教育や経験によって能力が高まり、生産性や新たな価値を生み出す力の向上につながるという人的資本の可変性を高める取り組みです。こうした変化は将来の成長可能性を示す材料となるので、投資家やステークホルダーからも注目されます。
さらに、人材は設備のように企業内に固定されるものではなく、よりよい環境や成長機会を求めて移動する流動性を持っています。そのため、企業がどのような育成機会や働く環境を整えているかを外部に示すことは、求職者や投資家にとって企業を比較・評価する重要な判断材料になります。
こうした情報開示は、優秀な人材の確保や企業への信頼向上にもつながるので、人的資本に関する情報を積極的に発信することも人的資本経営の大きな特徴です。
1-3. 【最新】人的資本経営の現状と課題
人的資本経営が注目されてから、数年が経過しています。2024年に経済産業省が公表した「人的資本経営に関する調査」によると、日本企業における人的資本経営は一定の進展が見られるとされています。
2022年の調査結果と比較すると、すべての項目でスコアが「高い」または「同程度」となっており、全体として取り組みが前進している状況が確認されています。一方で、スコアの改善が見られなかった分野もあり、「取締役会の役割」「KPIの設定と現状とのギャップ把握」「人事部門のケイパビリティ向上」などが課題として指摘されています。
人的資本経営において、取締役会の役割の明確化や人材戦略に関する議論、社外取締役の体制整備などに取り組む企業は半数以上にのぼります。しかし、具体的な施策を実行し、その結果を踏まえて見直しまでおこなっている企業は約3割にとどまっています。
また、経営戦略の実現に向けて人材戦略の目標や指標を設定し、現状とのギャップを把握している企業も半数以上ありますが、その取り組みが実際の成果につながっていると認識している企業はわずか3%にとどまっています。
さらに、CHROの設置や経営トップとの連携強化など、人事部門の機能向上に取り組む企業は6割以上にのぼります。人事部門に求められる能力を明確化し、現状分析や課題への対応を進めている企業も4割以上ありますが、これらの取り組みが成果につながっていると評価している企業は約1割にとどまっている状況です。
人的資本経営の本来の目的は、企業価値の持続的な向上を実現することにあります。人的資本経営への関心が高まりつつある今こそ、自社にとって本当に必要な取り組みを改めて見直すタイミングに来ているといえるでしょう。
参考:人的資本経営の現状・課題とトップランナーたちの取組|経済産業省
2. 人的資本経営が必要とされる理由

近年、人的資本経営が必要とされている理由は次のとおりです。
- 労働人口減少に伴う人材不足と働き手からの注目
- ステークホルダーは持続可能性を重視へシフト
- 技術進歩と差別化の難しさ(第四次産業革命)
それぞれの理由を詳しく解説していきます。
2-1. 労働人口減少に伴う人材不足と働き手からの注目
多くの先進国では少子高齢化が進み、労働人口の減少が深刻な社会課題となっています。日本においても生産年齢人口の減少は続いており、企業が必要な人材を確保することは年々難しくなっています。
このような状況の中、企業には新たな人材を採用するだけでなく、既存の従業員が持つ能力を最大限に発揮できる環境を整え、長期的に活躍できる組織づくりが必要です。
また、働き手の価値観も大きく変化しています。従来のように給与や待遇といった条件面だけでなく、仕事のやりがい、成長の機会、企業のビジョンや社会的意義などを重視する傾向が強まっています。
そのため、画一的な人材マネジメントは、現代の多様な働き方に必ずしも適しているとはいえなくなってきています。こうした背景から、企業には従業員のエンゲージメントを高めるとともに、能力開発やキャリア形成を支援する「人的資本経営」を通じて、魅力ある組織を構築していくことが不可欠です。
多様な価値観や働き方に対応するためには、従業員一人ひとりに合わせた環境や制度を整えることが重要です。従業員への投資によって個々の能力を引き出す人的資本経営は、企業が直面する課題を解決するうえで有効な考え方のひとつだといえるでしょう。
2-2. ステークホルダーは持続可能性を重視する方向へシフト
近年、投資家や顧客、取引先などのステークホルダーは、企業の短期的な利益だけでなく、サステナビリティやESG投資といった観点から、企業の長期的な持続可能性を重視する傾向を強めています。
SDGsの目標8「働きがいも経済成長も」では、多様な人々が働きがいを持って働ける環境を整備するとともに、持続的な経済成長を実現することが目標とされています。そのため、企業においてもその実現に向けた体制づくりが不可欠です。
また、ESG投資は、環境、社会、ガバナンスの3つの非財務情報を考慮した投資手法のことです。この社会の中には従業員などの人的資本が含まれます。昨今では、投資家やステークホルダーの間では、ESGを含む無形資産の重要性が高まっています。
これは、技術などの知的財産やそれを生み出す人材、ブランドといった無形資産が、設備などの有形資産に比べて企業の将来性に与える影響が相対的に大きくなっているためです。そこで、企業には人的資本に関する取り組みを戦略的に推進するとともに、その成果を適切に開示することが求められています。
このように、サステナビリティやESG投資の観点から人材への注目が高まる中で、人材の育成や定着に取り組む人的資本経営は、企業の持続的な成長を実現するための重要な戦略のひとつとなっています。
2-3. 技術進歩と差別化の難しさ(第四次産業革命)
AI、ビッグデータ、IoTなどの技術革新の進展により、企業を取り巻く競争環境は大きく変化しています。これらの技術は多くの企業が利用可能なので、技術そのものだけで持続的な競争優位を確立することは容易ではありません。
そのため、企業の競争力の源泉として、従業員の知識や創造性、問題解決能力といった人的資本の重要性が一層高まっています。新しい技術を活用して価値を創出するためには、従業員が継続的にスキルを習得し、変化に柔軟に対応できる組織を構築することが不可欠です。
このような背景から、企業は人材育成やリスキリングを積極的に推進し、従業員の能力を最大限に引き出すことによって、技術革新の時代においても競争優位を維持することが求められています。こうした人的資本を戦略的に活用する経営手法として、人的資本経営が注目されているのです。
3. 人的資本経営に関する国内・海外での動き

人的資本経営は、日本だけでなく世界的にも注目されています。欧米では、日本よりも早い時期から人的資本経営が広がりました。ここからは、人的資本経営に関する国内・海外での動きを紹介します。
3-1. 【国内】人材版伊藤レポート
日本では、2020年に経済産業省が公開した「人材版伊藤レポート」により、人的資本経営に注目が集まりました。当レポートでは、社会環境の変化から人的資本経営への変革が重要であることと、そのフレームワークが提唱されています。
人材の捉え方を反転させた「人材版伊藤レポート」の社会的な影響力は大きく、政府内でも人的資本に関する情報開示のあり方が検討されるようになりました。
その後2022年に公開された「人材版伊藤レポート2.0」は、人的資本経営の実践的な取り組みのポイントや事例を深堀りした内容です。翌年には人的資本経営コンソーシアムが設立され、人的資本経営の導入を推進しています。
関連記事:人材版伊藤レポート2.0とは?3つの視点と5つの共通要素から人的資本経営を実現しよう
3-1-1. 3P・5Fモデルのフレームワーク
人材版伊藤レポート2.0では、人的資本経営を実践するための基本フレームワークとして、「3つの視点(3P)」と「5つの要素(5F)」が提示されています。これは、企業が人材戦略を立案・実行する際の指針を体系的に整理したものです。
まず、人材戦略や経営戦略を検討する際には、次の3つの視点から全体を俯瞰することが推奨されています。
- 経営戦略と人材戦略は連動しているか
- 目標としているビジネスモデルと現時点でのギャップを把握しているか
- 人材戦略が企業文化として定着しているか
さらに、策定した人材戦略を具体的な施策として実行する段階では、次の5つの要素を取り入れることで、人的資本経営の実現につながりやすくなるとされています。
- 多様な人材が活躍できるポートフォリオを構築する
- 人材の多様性を企業の戦略のなかにうまく取り込む
- 学ぶ環境を整え、従業員への教育をおこなう
- 従業員がやりがいを感じられる職場を目指す
- 時間や場所にとらわれずに働ける環境を整備する
これらの「3つの視点」と「5つの要素」を組み合わせて活用することで、企業は人的資本を重要な経営資源として最大限に活かし、持続的な企業価値の向上を効率的に目指せるでしょう。
3-2. 【国内】コーポレートガバナンス・コード
2021年に「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」からの提言を基にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、人的資本に関する情報開示が求められるようになりました。
改訂の背景には、コロナ禍による社会情勢の変化や、東京証券取引所の上場区分の再編があります。2021年の改訂では、持続的な成長に向けた経営戦略において、人的資本が経営資源のひとつとして位置付けられました。そのうえで新たに、①取締役会の機能強化、②人材の多様性の確保、③サステナビリティ課題への取り組み、④その他に関する開示が求められました。
特に東証プライム上場企業は、より厳格なコーポレートガバナンスが必要です。こうした背景から、プライム上場企業を中心に人的資本に関する情報開示が本格化していきました。
3-3. 【国内】人的資本可視化指針
内閣官房が策定した「人的資本可視化指針」は、人的資本の情報開示のフレームワークを包括的に整理した手引きです。「人材版伊藤レポート」並びに「人材版伊藤レポート2.0」と併用することで、実践と可視化の相乗効果をもたらします。
「人的資本可視化指針」で示された開示項目は、7分野19項目です。企業はこれらの項目を参考に、自社の経営戦略やビジネスモデルと統合できる開示項目を選定します。
3-4. 【国内】有価証券報告書開示義務化
コーポレートガバナンス・コードの改訂を受け、2023年に「企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」が発令され、人的資本の情報開示が初めて義務化されました。
具体的には、「従業員の状況」において、新たに女性管理職比率、男性の育休取得率、男女間賃金差異の3項目が追加されました。さらに「サステナビリティに関する考え方及び取組」の見出しが新設され、人材育成方針と社内環境整備の方針に関する指標と目標、実績の明示が義務化されました。
人的資本の情報開示の義務化は、投資家などのステークホルダーは他社比較を可能にしました。その結果、企業はステークホルダーからの信頼や評価を得るためにも、人的資本経営を推進する必要に迫られています。
関連記事:人的資本開示とは?情報開示が義務化された項目や対象企業への指針を解説
3-5. 【海外】ISO30414
人的資本経営は世界各国で注目されており、2018年12月には人的資本の情報開示ガイドラインである「ISO30414」が登場しました。
ISO30414では次の11の領域に対して49項目58指標が設定され、世界共通の開示基準として活用されています。
- コンプライアンスと倫理
- コスト
- ダイバーシティ
- リーダーシップ
- 組織文化
- 健康、安全
- 生産性
- 採用・異動・離職
- スキルと能力
- 後継者計画
- 労働力
なお、ISO30414は2025年に改訂され、従来の「ガイドライン」から「要求・推奨事項」を含む規格へと構造が変更されました。これにより、人的資本報告に関する国際的な基準はより強化されています。あわせて、指標数は58から69へ拡充され、そのうち14指標が必須指標として位置づけられています。
参考:新版「ISO30414 : 2025」が8月25日に発行、「要求・推奨事項」に格上げ|日経BP
3-6. 【海外】欧州非財務情報開示指令と米SEC開示義務化
欧米では非財務情報として人的資本が重視されており、情報開示の義務化が進んでいます。
ヨーロッパでは2014年にNFRD(非財務情報開示司令/2018年施行)が発令され、ESGの観点から、従業員の待遇や取締役の多様性といった人的資本の開示義務が課されました。その後2023年にはCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive/企業のサステナビリティ情報開示を義務付けるEU指令)が発効され、より詳細な報告要件の設定や、外部機関による保証義務、外部への影響だけでなく業績への影響の検討などの開示が定められました。対象企業もNFRDの1.1万社から5万社へと拡大予定です。
一方アメリカでは、2020年、米国証券取引委員会(SEC)により上場企業の人的資本に関する情報開示が義務化されました。現在は労働者数以外は「重要性を軸に」各企業が任意に開示内容を決めます。
SECでは他の指標例として、人の採用、育成、リテンションなどを挙げています。また、2021年から2023年頃まで、さらに詳細な人的資本経営の情報開示を定めた法案が審議されており、今後は開示義務が強化される可能性があります。
こうした背景から、世界的に認められる企業を目指すなら人的資本経営を積極的に取り入れ、人的資本に関する開示をおこなう必要があるでしょう。
4. 人的資本経営を実現するメリット

人的資本経営を実現するメリットは、次の3つです。
- 人材を有効活用できる
- 社会的信用を得られる
- 従業員エンゲージメントの向上
それぞれを詳しく解説します。
4-1. 人材を有効活用できる
人材資本経営のメリットのひとつは、現在企業に所属している人材を有効活用できることです。経済産業省の「未来人材ビジョン」では、技術革新により必要となるスキルと、現在の従業員のスキルの間にギャップを感じている企業が43%を占めます。しかし、多くの企業は人材の育成に投資をせず、従業員個人もスキルアップのための学習をおこなっていません。
技術革新が進むこれからの時代を生き残るには、企業が人材を資本と捉え、自社の成長に必要なスキルを育てることが重要です。各人材の能力を最大限に引き出すことで、テクノロジーでは対応できないイノベーションや斬新なアイディアを生み出せる組織作りが期待できます。
4-2. 社会的信用を得られる
投資家やステークホルダーは企業の将来性を予測する材料として、無形資産、特に人的資本に関する情報を重視します。そのため、人的資本経営をおこない積極的に情報開示をする企業は、社会的信用を得やすいでしょう。企業イメージがアップすれば、投資対象として選ばれやすくなるほか、クライアントにも注目され人材が集まりやすくなることが考えられます。
4-3. 従業員エンゲージメントの向上
人的資本経営に取り組むことで、従業員エンゲージメントの向上につなげられます。人的資本経営に取り組む企業において、従業員は自らの能力を発揮できることでやりがいを感じやすくなり、また自社に対して成長に投資を惜しまないという印象を抱いてくれます。その結果、従業員の自社へのエンゲージメントが高まるでしょう。
5. 人的資本経営を実践するときの流れ

人的資本経営を実践する際には、次の流れを意識しておこないましょう。
- 経営戦略と連動した人材戦略を設計して目指す姿を明確化する
- 実現に向けた具体的なKPIを設定する
- ギャップを埋める施策を考案する
- 施策の実行と効果測定(PDCA)
- 開示方法を検討する
人的資本経営の実践は長期間に渡ります。計画・実行・評価・改善を繰り替えすPDCAサイクルを回し、目標の達成を目指しましょう。
5-1. 経営戦略と連動した人材戦略を設計して目指す姿を明確化する
まず最初に、企業の経営戦略と人材戦略を連動させることが重要です。企業がどのような成長を目指しているのか、どの市場で競争力を高めていくのかといった経営の方向性を明確にしたうえで、その実現に必要となる人材像を具体的に整理していく必要があります。
例えば、新しい市場への進出やデジタル化の推進を経営戦略として掲げる場合、それを実現するためには専門知識や新しいスキルを持つ人材の確保・育成が求められます。その際、外部からの採用だけでなく、既存社員への教育やリスキリングによって、組織内で必要な能力を育てる取り組みも欠かせません。
このように、企業の将来像と人材のあり方を結びつけて考えることで、組織として目指す姿をより具体的に描けます。経営戦略と人材戦略が一体となって機能することで、変化の激しい環境下でも企業は持続的な成長を実現しやすくなるのです。
5-2. 実現に向けた具体的なKPIを設定する
次に、設定した目標を実現するために、具体的なKPI(重要業績評価指標)を定めます。KPIを明確にすることで、人材戦略の進捗を客観的に把握できるようになります。
人的資本に関する代表的なKPIとしては、従業員エンゲージメントスコア、離職率、従業員満足度、女性管理職比率、研修時間、スキル習得率などが挙げられるでしょう。これらの指標を数値化すれば、企業が人材育成や組織強化にどの程度取り組んでいるかを可視化できます。
さらに、KPIは単に設定するだけでなく、企業の戦略目標と整合性を持たせることが重要です。適切なKPIを設けることで、人材戦略の成果をより正確に測定できるほか、取引先や投資家などのステークホルダーに対しても説明しやすくなります。
関連記事:人的資本経営で重視すべきKPIは?設定方法と事例をわかりやすく解説
5-3. ギャップを埋める施策を考案する
KPIを設定した後は、まず現状を丁寧に分析し、設定した目標とのギャップを明確にすることが重要です。単に数値の達成状況を確認するだけではなく、組織全体の状況や業務プロセス、人材のスキル水準、職場環境など、さまざまな視点から現状を把握する必要があります。
例えば、目標達成に必要なスキルを持つ人材が不足している場合や、従業員のエンゲージメントが低く、それがパフォーマンスに影響している場合など、どのような要因が目標達成を阻害しているのかを具体的に洗い出します。こうした分析を通じて現状を客観的に整理することで、目標との間にある課題や不足している要素が明確になります。
そのうえで、明らかになったギャップを埋めるための具体的な施策を検討します。施策は単発の取り組みにとどめるのではなく、組織全体の成長や持続的な成果につながるよう、体系的に設計することが望ましいでしょう。
5-4. 施策の実行と効果測定(PDCA)
考案した施策は、実際に組織の中で着実に実行していくことが重要です。また、施策は実行して終わりではなく、その効果を定期的に測定・検証することも欠かせません。
取り組みを進める際には、PDCAサイクルを回しながら継続的な改善を図ります。施策の成果をKPIなどの指標に基づいて評価し、当初想定していた効果が得られているかを確認しましょう。
もし十分な成果が見られない場合には、施策の内容や運用方法を見直し、必要な改善をおこないます。このようにPDCAサイクルを継続的に回すことで、施策の精度を高め、人材戦略の実効性を高められます。
5-5. 開示方法を検討する
人的資本経営では、企業の取り組みや成果を社外に向けて適切に開示することも重要な要素とされています。近年は、投資家や社会から企業の人的資本への取り組みに対する関心が高まっており、透明性の高い情報開示が求められています。
開示方法を検討する際には、IRの観点と、法令などにより義務付けられている開示の観点の両方を意識することが重要です。IRの観点では、時間軸を踏まえた情報の整理が求められます。
例えば、過去から現在にかけての推移を示すのか、あるいは将来の目標値や取り組み方針まで含めて開示するのかといった点を検討する必要があります。また、開示対象についても、どの法人や部門を対象とするのかなど、情報の範囲を整理しておくことが大切です。
さらに、開示の基礎となるデータを適切に収集・管理する体制の整備も欠かせません。特にグループ会社を含めた情報収集をおこなう場合には、関係会社との連携体制や、人事情報システムの整備が重要になります。情報開示に向けて円滑にデータを集約できる環境を整えることも、人的資本経営を推進するうえでの重要な取り組みのひとつといえるでしょう。
6. 人的資本経営の実効性を高めるための考え方のポイント

人的資本経営を効果的に推進するには、制度を整えるだけでなく、その理念や取り組み方を正しく理解することが不可欠です。
企業が人材を重要な経営資源として活かし、持続的な成長に結びつけるためには、押さえておくべきポイントがあります。ここでは、人的資本経営の実効性を高めるための考え方の要点を整理します。
6-1. 開示は「結果」であり「目的ではない」
人的資本経営では、企業が人材に関する情報を外部に開示することが求められています。ただし、情報開示そのものが目的となってしまうと、施策が形式的になり、本来の人的資本経営の意義が十分に発揮されない可能性があります。
本来、情報開示は企業が人材戦略を実行し、その成果を社会や投資家に説明するための結果としておこなわれるものです。そのため、まずは自社の経営戦略と整合した人材戦略を明確に策定し、具体的な施策を着実に実行していくことが重要です。
そのうえで、人的資本に関する取り組みや成果が企業価値の向上につながっていることを示すために、適切な指標を用いてわかりやすく情報を開示することが望ましいといえるでしょう。
6-2. 自社のありたい姿を明確にする
人的資本経営を推進する際には、他社の取り組みや一般的な指標を参考にすることも重要です。しかし、それらに過度に依存してしまうと、自社にとって最適な戦略が見えにくくなる可能性があります。
実際に、他社の成功事例をそのまま取り入れた結果、自社の実情に合わないKPIや施策を採用してしまい、人的資本経営の推進が行き詰まるケースも少なくありません。そのため、まず自社がどのような企業を目指しているのか、またどのような人材や組織を育てていきたいのかといった「ありたい姿」を明確にすることが重要です。
企業ごとに経営戦略や事業内容、組織文化は異なるので、それぞれの企業に適した人材戦略を設計する必要があります。ガイドラインや他社の事例は参考として活用しつつ、自社の戦略や理念に合った形で取り入れていくことが望ましいでしょう。
6-3. 人事情報を効率よく収集・活用できる基盤の整備が重要
人的資本経営を推進するうえでは、従業員に関する多様なデータを活用することが欠かせません。具体的には、従業員のスキルや研修履歴、評価結果、エンゲージメント、離職率などの情報を適切に収集・分析することで、人材戦略の改善につなげられます。
そのためには、人事情報を効率的に集約し、活用できる仕組みやシステムの整備が重要です。情報が部門ごとに分散している場合、正確な状況把握や分析が困難になるためです。
人事データを一元管理することで、組織全体の状況を可視化でき、客観的な把握が容易になります。また、必要なデータを迅速に取り出せるようになることで、経営判断のスピード向上にも寄与するでしょう。
経験や勘に頼るだけでなく、客観的なデータに基づく判断をおこなうことで、適材適所の配置や従業員一人ひとりの能力を最大限に引き出す環境づくりが進みます。これにより、効果的な人材育成や配置が実現され、従業員の成長と企業の成長を同時に促進できるので、人的資本経営の実践につながっていきます。
関連記事:タレントマネジメントとは?目的やメリット、導入方法まで徹底解説
6-4. 環境変化に応じて戦略・KPIを継続的にアップデートする
人材戦略が経営戦略と乖離すると、柔軟性に欠けた人事制度が生まれたり、短期的な従業員教育にとどまったりする可能性があります。そのため、人材戦略を策定する際には、中長期的な経営戦略を踏まえ、企業が目指す将来像から逆算して必要な人材像や能力を検討することが重要です。
また、企業を取り巻く環境は、技術革新や市場の変化、さらには社会的価値観の変化などによって常に変動しています。このような環境変化に対応するためには、一度策定した人材戦略やKPIを固定的なものとして扱うのではなく、状況に応じて定期的に見直す必要があります。
例えば、新規事業への参入やデジタル化の進展に伴い、企業に求められるスキルや人材像は変化します。こうした変化に適切に対応するためには、戦略やKPIを定期的に確認し、必要に応じて更新していくことが不可欠です。このように、継続的な見直しと改善をおこなうことで、人材戦略と経営戦略の整合性を維持しながら、人的資本経営の実効性を高められます。
7. 人的資本経営の具体的な実践事例

ここでは、経済産業省が公表する資料をもとに、実際に人的資本経営を推進している企業の取り組み事例を紹介します。自社の取り組みを検討する際の参考として活用してください。
参考:人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~実践事例集|経済産業省
7-1. 卸売小売業I社|働きがいと労働生産性を高める人材戦略と明確なKPI設計
卸売小売業I社では、限られた従業員数でも競争力を維持・向上させるためには、労働生産性を高めることが不可欠であると考えています。そのためには、従業員一人ひとりが健康を保ち、やりがいを感じながら、持てる能力を十分に発揮できる職場環境を整えることが重要です。
この考え方を踏まえ、同社では企業価値の向上につながる人材戦略を整理し、戦略ごとに期待される成果を社外に向けて開示しています。こうした情報開示を通じて、投資家などのステークホルダーの理解を促すとともに、学生をはじめとする労働市場に対しても積極的に情報発信をおこない、外部からの評価向上にもつなげています。
また、人的資本の強化に向けた施策や投資によって向上を目指すKPIを明確に示し、その進捗を継続的に把握しながら定期的に見直しをおこなっている点も特徴です。さらに、定性的な長期目標として「日本一良い会社」という企業像を掲げ、その実現に向けて取り組みを続けています。
7-2. 通信業K社|人財ポートフォリオに基づく適所適材と専門人材の増強
通信業K社では、通信市場の成長鈍化という環境変化に対応するため、既存事業の深化と新たな成長領域の拡大を両立できる体制づくりを進めています。その一環として、高度専門人材の獲得・育成・活躍を促進する人材戦略を推進しています。
具体的には、事業部門で経験を積んだ人材を人事部門に登用し、経営層・各事業部門・人事部門が対話を通じて密接に連携する体制を構築しています。こうした連携により相互の信頼関係を深め、事業戦略と連動した人材戦略を実行しています。
また、将来の事業戦略を踏まえて目指す人材像を明確化し、現状の人材とのギャップを分析したうえで、採用・育成・配置の各施策を通じて不足する人材の補完を図っています。社内の人材ポートフォリオを基に、事業ニーズに応じた多様な人材の確保と適材適所の配置を進めています。
さらに、高度専門人材の確保とエンゲージメント向上を目的に、新卒採用では初期配属を確約する「WILLコース」と、配属を確約しない「OPENコース」を導入しました。加えて、キャリア採用人数も約10年間で10倍に増やすなど、専門人材の強化を進めています。
関連記事:人的資本経営コンソーシアムとは?基本情報と入会方法を紹介
8. 人的資本経営を実践し人材を有効活用しよう

人的資本経営は、人材を企業の「資本」と捉える経営方法です。人的資本経営をおこなうことにより人材不足に対処できるだけでなく、企業全体の生産性のアップや企業価値の向上が期待できます。
「人材版伊藤レポート」に記載された「3つの視点」と「5つの要素」を意識しながら、人的資本経営の実現を進めていきましょう。
企業価値を持続的に向上させるため、いま経営者はじめ多くの企業から注目されている「人的資本経営」。
今後より一層、人的資本への投資が必要になることが想定される一方で、「そもそもなぜ人的資本経営が注目されているのか、その背景が知りたい」「人的資本投資でどんな効果が得られるのか知りたい」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そのような方に向けて、当サイトでは「人的資本経営はなぜ経営者から注目を集めるのか?」というテーマで、人的資本経営が注目を集める理由を解説した資料を無料配布しています。
資料では、欧州欧米の動向や企業価値を高める観点から、人的資本経営が注目される理由を簡単に解説しています。「人的資本経営への理解を深めたい」という方は、ぜひこちらから資料をダウンロードの上、お役立てください。
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