人的資本経営の情報開示とは?19項目や義務化の時期・事例を解説
公開日: 2024.4.3 OHSUGI
人的資本経営の情報開示とは、投資家に向けて、自社の人的資本経営の情報を公開することをいいます。2023年の3月期決算から、上場企業を対象として義務化されました。
大企業を中心に取り組みが進む中、非上場企業でも人的資本への移行や情報開示の必要性を感じている方は多いのではないでしょうか。
本記事では、人的資本経営の情報開示の義務化や開示が必要な7分野19項目の内容を解説します。これから人的資本経営の情報開示に向けた取り組みをおこなう方は、ぜひ参考にしてください。
目次
人事評価制度は、健全な組織体制を作り上げるうえで必要不可欠なものです。
制度を適切に運用することで、従業員のモチベーションや生産性が向上するため、最終的には企業全体の成長にもつながります。
しかし、「しっかりとした人事評価制度を作りたいが、やり方が分からない…」という方もいらっしゃるでしょう。そのような企業のご担当者にご覧いただきたいのが、「人事評価の手引き」です。
本資料では、制度の種類や導入手順、注意点まで詳しくご紹介しています。
組織マネジメントに課題感をお持ちの方は、ぜひこちらから資料をダウンロードしてご確認ください。
1. 人的資本経営の情報開示とは?
人的資本経営の情報開示とは、社内の人的資本経営の情報を外部に公開することです。具体的には、株主や取引先などのステークホルダーに向け、人的資本経営の取り組み状況や成果を周知することをいいます。
人的資本経営は、「資本」としての人材の価値を最大限に活用し、中長期的な企業価値の向上につなげる経営方法です。人材資本経営は、人材を投資の対象とする以上、実現するにはステークホルダーと相互理解を深めることが欠かせません。
人的資本の情報開示をめぐる世界の動向としては、2018年にISOが「ISO30414」を発表したことが知られています。日本でも、「人的資本可視化指針」が公表されるなど、人的資本の情報開示への関心は、今後さらに高まることが予想されるでしょう。
2. 人的資本経営の情報開示は2023年3月期決算から義務化
人的資本経営の情報開示は、2023年3月期の決算以降、有価証券報告書の発行企業約4,000を対象に義務化されています。情報開示の際は、以下の内容を有価証券報告書に記載しなければなりません。
- 人的資本経営の戦略
- 人的資本経営の指標および目標
- 人材への投資費用や満足度
- 女性管理職の比率
- 男性の育児休業取得率
- 男女間の賃金格差
指標および目標は、「人材育成方針」と「社内環境整備方針」の2つに内容がわかれています。女性管理職の比率、男性の育児休業取得率、男女間の賃金格差は、女性活躍推進法の取り組みをおこなっている企業で記載が必要です。
3. 人的資本経営で情報開示が必要な7分野・19項目
人的資本経営で開示が必要な情報には、以下の7分野・19項目があります。
分野 | 項目 |
人材育成 | リーダーシップ/育成/スキルや経験 |
エンゲージメント | エンゲージメント |
流動性 | 採用/維持/サクセッション |
ダイバーシティ(多様性) | ダイバーシティ/非差別/育児休業 |
健康・安全 | 精神的健康/身体的健康/安全 |
労働慣行 | 労働慣行/児童・強制労働/賃金の公正性/福利厚生/組合との関係 |
コンプライアンス・倫理 | コンプライアンス・倫理 |
上記のうち、人材育成、ダイバーシティを除く5分野は、自社の戦略や目標に応じて選択・開示が可能です。
ここからは、それぞれの内容や開示のポイントを解説していきます。
3-1. 人材育成
人材育成に関する分野の項目は次の3つにわかれています。
- リーダーシップ
- 育成
- スキルや経験
2023年の義務化により、3項目すべての開示が必須です。有価証券報告書で人材育成方針の記載が義務付けられているように、経営の戦略や指標・目標と関連付けた情報開示が求められます。
開示する情報は、人材育成プログラムの種類や研修時間および費用、研修参加率などです。
3-2. エンゲージメント
エンゲージメントは、愛着や思い入れなどの意味をもつ言葉で、企業と従業員の心理的なつながりの深さを表します。エンゲージメントを測る際は、ストレスチェックや従業員エンゲージメント調査などの方法をとることが一般的です。
従業員エンゲージメントの状況、エンゲージメント向上のための取り組みなどの開示が望まれます。
3-3. 流動性
流動性分野の項目は、次の3つです。
- 採用
- 維持
- サクセッション
内容としては、採用コストや離職率、定着率などがあり、人材の入れ替わりや移動状況に関する情報がメインとなります。
サクセッションの項目では、後継者有効率や後継者カバー率、後継者準備率が主な内容です。
3-4. ダイバーシティ(多様性)
ダイバーシティは、多様性のある働き方、制度の導入ができているかを判断するための指標です。開示が必要となる項目は、次の3つです。
- ダイバーシティ
- 非差別
- 育児休業
例えば、正社員と非正規社員の福利厚生の格差、男女間の賃金格差、育児休業取得率などの内容が挙げられます。
3-5. 健康・安全
健康・安全の分野は、次の3項目にわかれています。
- 精神的健康
- 身体的健康
- 安全
従業員の心身の健康、安全を守るための取り組みが適切におこなわれているかどうかがポイントです。
労働災害の発生数や割合、医療・ヘルスケアサービスの利用状況、安全衛生マネジメントシステムの有無などの情報を開示します。
3-6. 労働慣行
労働慣行分野の項目は、次の5つです。
-
- 労働慣行
- 児童・強制労働
- 賃金の公正性
- 福利厚生
- 組合との関係
社内で定着している業務上の制度やルールについて、公正性・平等性が保たれているかに重点が置かれています。
企業の社会的信用にも大きく影響する重要な分野です。
3-7. コンプライアンス・倫理
コンプライアンス・倫理の分野では、法律や社会的規範・倫理にもとづいた企業活動ができているかどうかの情報が求められます。ちなみに、コンプライアンスとは、法令順守のことです。
具体的な開示内容には、人権問題や差別事件の件数、業務停止件数、コンプライアンス研修を受講した従業員の割合などがあります。
4. 人的資本経営の情報開示をする際の4つのポイント
人的資本経営の情報開示をする際に注意しなければならないポイントは、次の4つです。
- 開示する情報にストーリー性を付与する
- 情報を数値化する
- 独自性と比較可視性のバランスを確保して開示項目を選定する
- 価値向上かリスクマネジメントか観点を明確にする
それぞれについて詳しく解説していきます。
4-1. 開示する情報にストーリー性を付与する
人的資本経営の情報を開示する際は、開示する情報にストーリー性を付与することが大切です。
人材を資本として扱う人的資本経営では、経営戦略と連動した人材戦略の策定・実行が欠かせません。各情報を断片的に開示するだけでは、経営戦略と人事戦略の関係性が見えず、ステークホルダーの理解を促すことは難しいでしょう。
実効性のある報告をおこなうには、自社における人的資本の課題と行動のつじつまを合わせることが重要です。課題に対してどのような人材育成を実践し、どのような結果が得られたのか、時系列で開示するとよいでしょう。
4-2. 情報を数値化する
開示する情報は、できる限り数値化し、具体的かつわかりやすく示すことが重要です。アンケート結果はもちろん、目標や目標の達成度、進捗状況を定量的に記載することで、より説得力のある情報開示ができます。
企業の競争優位の根源が人的資本にあると考えられている人的資本経営では、自社の優位性を示す情報開示が必要です。開示情報を数値化すれば、他社との比較がしやすくなり、ステークホルダーに自社の強みを知ってもらえるきっかけとなるでしょう。
4-3. 独自性と比較可視性のバランスを確保して開示項目を選定する
独自性と比較可視性のバランスを確保して、開示項目を選定することもポイントです。
多数の競合他社が競争優位性を勝ち取ろうとする中、比較データの開示だけでは、自社の優位性を証明できません。自社ならではの戦略や取り組みをアピールすることも大切です。
例えば、人材育成の研修やプログラムには、企業の独自性や特徴が反映されやすく、多くの投資家が関心を寄せる項目でもあります。他社にはない自社の魅力となる項目を選びつつ、比較可視性のあるデータを開示するとよいでしょう。
4-4. 価値向上かリスクマネジメントか観点を明確にして開示する
開示項目を選定する際は、価値向上かリスクマネジメントか観点を明確にしておきましょう。
人材育成の分野なら価値向上、コンプライアンスの分野であればリスクマネジメントと、観点を明確にすることが大切です。なかにはダイバーシティのように、価値向上とリスクマネジメントの両方の観点が含まれるケースもあります。
特にダイバーシティは、近年の働き方の多様化により、投資家の関心が高い分野です。ステークホルダーが何に関心をもっているのか、開示ニーズを把握し、適切な分野・項目の選定をおこなうことが望まれるでしょう。
5. 人的資本経営の情報開示をするための4つの手順
人的資本経営の情報開示をする際は、以下の4つの手順にしたがって準備をおこなう必要があります。
- 開示項目を選定する
- データを収集・分析する
- 目標とKPIを設定する
- PDCAサイクルを回す
それぞれ詳しく確認していきましょう。
5-1. 開示項目を選定する
はじめに開示項目を決めます。ステークホルダーのニーズを踏まえ、自社の競争優位性を確立するための項目の検討・選定をおこないましょう。
独自性と比較可視性のバランスに留意しつつ、開示しないことでどのようなリスクが生じるかについても考えてみてください。
5-2. データを収集・分析する
開示項目を選定したら、データの収集・分析をおこないます。過去のデータも参照したうえで、どのような施策をおこなうべきか、改善すべき点は何か、自社の状況を把握しましょう。
正確な情報を集めるには、モニター環境を整えることも重要です。マネジメントシステムなら、人材情報やプロジェクトの進捗状況を簡単に数値化できるため、データの収集・分析にも役立つでしょう。
5-3. 目標とKPIを設定する
収集・分析した情報をもとにして、今後の人材育成における目標とKPIを設定します。
KPI(重要業績評価指標)とは、企業の最終目標を達成するために設定される中間目標のことです。KPIは項目ごとに数値化して設定し、目標達成までのプロセスがわかるようにしましょう。
またストーリー性のある情報開示にするために、経営戦略と人材戦略の関係性を意識することも大切です。経営戦略を実現するために、どのような目標・KPIを設定し、どのような施策をおこなうべきかを検討しましょう。
5-4. PDCAサイクルを回す
目標とKPIを設定したら、PDCAサイクルを回します。
PDCAは、Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)の一連の流れを指すフレームワークです。現場やステークホルダーからの意見も反映しつつ、実施と改善を繰り返しましょう。
人的資本経営の目標を達成するには、経営戦略部門と人事部門の連携が必要不可欠です。双方で定期的に協議をおこない、施策実施後の効果や変化を検証したうえで、改善策を検討しましょう。
6. 人的資本経営の情報開示をした企業の事例3選
最後に、人的資本経営の情報開示をした企業の事例を3つ紹介します。
- 産業機器や医療機器を扱う電気機器メーカーA社の例
- 自動車やインフラなどの総合商社B社の例
- 生命保険サービスを提供するC社の例
自社で人的資本経営の情報開示をする際の参考にしてください。
6-1. 産業機器や医療機器を扱う電気機器メーカーA社の例
産業機器や医療機器の開発・販売をおこなうA社は、ダイバーシティとインクルージョンを基盤とした人材づくりに注力しています。従来の3倍となる金額を人材能力開発に投資することを掲げるなど、定量的に情報を開示している点が特徴です。
外国籍従業員や障がい者の雇用率も公開し、社会問題と施策のストーリー性を意識した情報開示をおこなっています。
6-2. 自動車やインフラなどの総合商社B社の例
自動車やインフラの輸出入事業を展開するB社では、多様性・挑戦・成長の3つを柱にした人事戦略を進めています。グローバルサプライチェーンに携わる企業として、人権尊重など、独自性の高い取り組みをおこなっていることがポイントです。
特に、女性社員や外国人人材の育成に力を入れており、経営戦略と連動した人材づくりに励んでいます。
6-3. 生命保険サービスを提供するC社の例
保険業界大手のC社では、従業員のウェルビーイング実現のため、事業と関連する社会課題の解決に向けた取り組みを公開しています。人的資産だけでなく、知的資産も企業の競争優位性の根源として捉えている点が特徴です。
具体的な数値を用いて情報を公開している点や適切な項目の選定ができている点でも、よい参考となるでしょう。
7. 効果的な人的資本経営の情報開示で企業成長を図ろう
人的資本経営の情報開示は、ステークホルダーに自社の人的資本経営についての考え方を知ってもらう絶好の機会です。人的資本経営を成功に導くためにも、効果的な情報開示をおこない、自社の企業価値向上を目指しましょう。
現在、人的資本経営の情報開示義務がある企業は上場企業のみですが、中小企業も例外ではありません。今後情報開示の必要性がさらに高まることを考えれば、非上場の企業でも人的資本経営の情報開示に向けた取り組みが求められます。
人的資本経営を実現するために自社が取り組むべき課題や目標を検討したうえで、情報開示の準備をおこないましょう。
人事評価制度は、健全な組織体制を作り上げるうえで必要不可欠なものです。
制度を適切に運用することで、従業員のモチベーションや生産性が向上するため、最終的には企業全体の成長にもつながります。
しかし、「しっかりとした人事評価制度を作りたいが、やり方が分からない…」という方もいらっしゃるでしょう。そのような企業のご担当者にご覧いただきたいのが、「人事評価の手引き」です。
本資料では、制度の種類や導入手順、注意点まで詳しくご紹介しています。
組織マネジメントに課題感をお持ちの方は、ぜひこちらから資料をダウンロードしてご確認ください。
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