労働基準法第16条の賠償予定の禁止とは?違反の罰則や例外を解説
更新日: 2025.11.21 公開日: 2021.10.4 jinjer Blog 編集部

企業にとって多額の費用を掛けて留学させた社員が、早期に退職してしまうことは費用面や人材確保という視点から見ても大きな痛手です。そのため、できることなら留学終了後に一定期間の勤務を義務付け、そのスキルで会社に利益をもたらしてほしいと考えるでしょう。
しかし、違約金による労働者の足止めは、労働基準法第16条に抵触する違法行為となるので、強制力を持った義務付けはできません。
この記事では、労働基準法第16条における「賠償予定の禁止」や「退職者に対する研修費・留学費の返金請求」のポイントなどについて解説します。
そもそも労働基準法とは?という方はこちらの記事をまずはご覧ください。
目次
人事担当者であれば、労働基準法の知識は必須です。しかし、その内容は多岐にわたり、複雑なため、全てを正確に把握するのは簡単ではありません。
◆労働基準法のポイント
- 労働時間:36協定で定める残業の上限時間は?
- 年次有給休暇:年5日の取得義務の対象者は?
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1. 労働基準法第16条は賠償予定の禁止について定めた条文


労働基準法第16条は、労働者に対する「賠償予定の禁止」について定めたものです。以下その条文を引用します。
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
具体的にどのようなことを指しているのか、詳しく解説します。
1-1. 労使契約で「違約金」「賠償金」の支払いを約束させてはならない
労働基準法第16条では、契約の不履行による違約金や損害に対する賠償金の規定を労使間で定めてはならないとしています。経営者が労働者に対して「違約金」や「賠償金」の支払いを予め約束させることはできません。これを「賠償予定の禁止」といいます。
賠償予定の禁止に該当するのは以下のような項目です。
- 退職時には違約金として○○万円を支払うこと
- 会社に損害を与えた際は損害額に関係なく○○万円の賠償金を支払うこと
上記のような項目が労働契約や就業規則に盛り込まれていた場合は違法であり、罰則の対象となります。同様に、労働者の身元保証人に対して賠償予定を約束させることも禁止です。(※身元保証に関する法律第6条では、身元保証契約の保証期間や保証金額に制限が設けられています。)
そのため、経営者には労使契約において「賠償予定の禁止」を遵守することが求められます。
1-2. 労働者の「退職の自由」を奪ってはならない
「賠償予定の禁止」は労働者の退職の自由を保証することがその目的です。経営者は違約金によって労働者に対して労使関係を強要してはなりません。特に、かつての日本では違約金による労働者の身分の拘束は大きな問題でした。
現代社会においても、退職者に対する「研修費・留学費の返金請求」が労働者の身分拘束に該当するが問われるケースが多発しています。研修費・留学費の返金請求とは「研修期間終了後に一定期間の継続勤務を義務付け、その期間内に退職した場合は研修費の返却を請求する」というものです。
労働基準法第16条の観点から、上記内容を労使契約で規定することは違法とされます。しかし、例外として研修費・留学費の返金請求が認められた事例も多く、経営者としては判断が難しいかもしれませんが、原則として「退職の自由」は遵守しなければなりません。
関連記事:労働基準法に定められた「退職の自由」の意味を分かりやすく解説
1-3. 労働者に対する賠償請求を禁止するものではない
労働基準法第16条は、労働者に対する賠償金の請求を全面的に禁止するものではありません。禁止されるのは一定の金額の賠償を予め規定しておくこと、つまり罰金のことです。労働者の責任で発生した損害に対しては、経営者が法的な手続きを踏めば賠償金を請求できます。
例えば、労働者が社用車で事故を起こした場合、法的な手続きを取れば労働者に修理代を請求することが可能です。しかし、労使契約の中で「事故を起こした場合は損害額に関わらず10万円の修理代を請求する」と定めることはできません。これは具体的な金額を指定していることで罰金とみなされるため、労働基準法違反に該当します。
ただし、労働者に賠償請求ができると言っても、その損害額の全ての請求が認められることは稀です。これは、民法上の使用者責任や公平の原則に基づき、会社の管理下で発生した損害について会社も責任を負う必要があるためです。労働者に請求できる賠償金の限度額について一律の基準はありませんが、裁判例では損害額の数割程度(例:2割程度)に制限されるケースが多く見られます。
なお、損害の理由が法に触れるものであったり、明らかに悪質であったりする場合はその限りではありません。
2. 研修費・留学費の返金請求は労働基準法16条に違反する?


企業が社員のスキルアップや育成を目的に費用を負担して研修や留学を実施する場合、退職時に費用を返金させる契約を結ぶことがあります。しかし原則として、退職時に研修費や留学費の返金を規定することは「賠償予定の禁止」に該当する違法行為です。
これが労働基準法第16条に違反するか否かは、慎重な検討が必要です。とはいえ、例えば「1年以内に退職したら全額返金」といった定めは、事実上の違約金や損害賠償金の予定と評価されるおそれがあります。そのため、退職の自由を制限するものとして違法とされる可能性があります。
ただし、その請求が労使関係の強要に関連しないと判断された場合に限り、例外的に研修費・留学費の返金が認められることがあります。また、返金の契約が労働契約とは別個の金銭消費貸借契約に基づく場合や、労働者が自発的に参加して十分な説明と合意がある場合には合法と判断されるかもしれません。
そのため、一概に研修費・留学費の返金請求が労働基準法16条に違反するという訳ではなく、条件に合えば認められるケースもあります。
3. 研修費・留学費の返金請求が認められるケース


原則として、退職時に研修費や留学費の返金を規定することは「賠償予定の禁止」に該当する違法行為です。しかし、その請求が労使関係の強要に関連しないと判断された場合に限り、例外的に研修費・留学費の返金が認められることがあります。
ここでは労働基準法第16条に関連する「研修費・留学費の返金請求問題」について、その返金が認められるためのポイントを解説します。ただし、経営者の請求が労使関係の強要に該当するか否かは様々な観点から複合的に判断されるものであり、明確な基準はありません。ここで解説するポイントは、過去の判例の基準を参考にしたものである点に留意してください。
3-1. 金銭消費貸借契約により費用を負担している場合
過去、返金が認められた事例では、研修や留学の費用を労使契約ではなく「金銭消費貸借契約」で定めていた点が共通しています。これは労使契約と返金請求の関連性を否定する上で最も重要なポイントです。
金銭消費貸借契約で研修・留学の費用を拠出することにより、労働者には借金の返済義務が生じます。その上で一定期間の継続勤務により返済義務を免除するという特約(債務免除特約)を設ければ、継続勤務する労働者は返済の負担を免れることができます。
「研修・留学の費用援助は純然な金銭消費貸借契約であり、労使契約とは一切の関連がない」と認められれば、労働基準法第16条には抵触しないと判断されます。
3-2. 労働者の意思で研修・留学に参加している場合
2つ目のケースは「労働者の意思で研修・留学に参加していること」です。これにより、労働者本人が希望する学びの費用を会社が負担したという関係性が成立します。退職するのであれば研修・留学費用は返金する義務が生じる、という評価に結びつきやすくなります。
一方、本人が希望しない留学に会社の命令で参加させた場合、返金請求が認められる可能性は低いでしょう。これは、会社都合の支出であり返金の義務はないと判断されやすくなるからです。会社が強要する研修・留学であれば、当然その費用は会社が負担しなければなりません。
3-3. 研修・留学内容と業務の関連性が低い場合
3つ目のケースとして、「教育内容と業務の関連性が低い」ことが挙げられます。企業が負担した研修や留学が、業務に直接的な関係がない内容である場合、その費用返還の合意は、労働基準法第16条の「賠償予定」には該当しないとされる可能性があります。その理由は、業務との関連性が低ければ自主的な学びの機会と判断されやすくなるためです。
そのため、例えば海外語学研修やMBA取得など、業務上の必須スキルとは言い切れないケースでは、企業が支援した費用を後に一部返還してもらう契約が認められることがあります。
反対に、教育内容と業務内容がリンクする研修・留学は注意が必要です。この場合は会社都合による支出とみなされる可能性が高いので、返金の判断基準としてはマイナスです。
3-4. 返金免除となる勤務期間が適切である場合
企業が「研修後〇年勤務すれば返金不要」とする条件を設定している場合、その勤務期間が社会通念上適切な長さであれば、当該契約が労働基準法第16条に違反しないと判断されることがあります。
例えば、高額な研修を受けた後に「2年間勤務すれば免除」といった合理的な期間であれば、退職の自由を不当に制限するものとは評価されにくいです。そのため、労使関係との関連性を否定するには、金銭消費貸借契約の返却義務免除期間は適切な長さを設定するとよいでしょう。
ただし、明確な基準はありませんが、5年10年といった過度に長い期間を設けていると、実質的な労使関係の強要とみなされる恐れがあります。勤務期間が過度に長く設定されていたり、返金額が不相応に高額だったりする場合は、第16条違反となる可能性があるため注意が必要です。
4. 労働基準法第16条に抵触した場合の罰則


労働基準法第16条に違反して、違約金や損害賠償金の支払いを予定する契約を結んだ場合、その契約自体は無効となります。さらに、労働基準法第16条に抵触した場合の罰則は、同じく労働基準法第119条にて規定されています。
これによると、労働基準法第16条が定める「賠償予定の禁止」に違反した経営者には6カ月以下の懲役、または30万円以下の罰金が科せられます。また、労働基準監督署による是正指導や行政処分の対象となることもあり、企業イメージや労務リスクに大きな影響を与えかねません。
「賠償予定の禁止」は労働基準法で定められた法令です。労働者保護の観点からも、経営者には法令を遵守した企業経営が求められます。
参考:e-Gov法令検索
5. 労働基準法第16条の内容や禁止事項を正しく理解しておこう


労働基準法第16条における「賠償予定の禁止」の規定により、労使契約の中で違約金や罰金の規則を定めることは禁止されています。特に、近年の社会では研修・留学費用の返金請求において「賠償予定の禁止」に抵触するケースが増えているようです。
この趣旨を正しく理解しないまま、研修費や留学費の返金規定を安易に導入すると、法違反に問われるリスクがあります。ただし、「返還契約が労働契約とは独立した性質を持っている」「労働者の意思による明確な同意がある」など、一定の条件を満たせば合法とされるケースもあります。
しかし、いかなる理由があっても、経営者が不当に労働者の退職の自由を妨げることは違法となるので、労働基準法を遵守して労働者の権利を保証しましょう。



人事担当者であれば、労働基準法の知識は必須です。しかし、その内容は多岐にわたり、複雑なため、全てを正確に把握するのは簡単ではありません。
◆労働基準法のポイント
- 労働時間:36協定で定める残業の上限時間は?
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